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佐原次郎廣盛 (2024/09/27 訪問)

 1193年、佐原次郎廣盛によって築かれたとされています。土塁の上に石碑があり、前に説明板がありました。

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城四郎長茂 (2024/09/27 訪問)

 平安末期に築かれたとされる城です。城四郎長茂が木曽義仲に敗れ籠ろうとした「藍津之城」がこの城だと伝わっています。二重掘りがよく残っています。堀底は藪となっていることも多いのですが、南側の内堀、外堀は少しの距離なら散策できました。郭内は畑などがあり中には入っていません。入口に説明板があり、幟が立っていました。

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横須賀時連 (2024/09/27 訪問)

 佐原義連の孫、横須賀時連が築いたといわれています。主郭は方形で堀に囲まれ、外郭も存在したようです。城址碑が立っていて、主郭周囲の堀跡が残っていました。説明板があったようすが、今はありませんね。

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日枝神社 (2024/09/27 訪問)

 佐原氏の居館と伝わっています。日枝山王神社が跡地です。空堀、土塁が残っていました。空堀は思った以上に良好に残っていましたが、藪になっていて見にくいところもありました。先輩方の投稿を見ると、もう少し寒い時期の方が草もなく見学しやすいと思います。

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トク

ニイタカヤマノボレ 一二〇八 (2024/09/28 訪問)

所用で友人の車で佐世保まで行く事があり、途中の西海橋PAから針尾送信所を眺めました。この橋は下を徒歩でも渡れるようなので渡ってみると、足が震える程の海の上の絶景空中散歩でした。ここで以前のtodo94さんの投稿を思い出し、おそらく送信所の左の山が針尾城だと思いました。

城まで行きたかったのですが、さすがに城に興味のない友人から拒否され(笑)、送信所までならいいという事なので、送信所まで行ってきました。よって城の詳細はtodo94さんの投稿を御覧下さい(すいません)。

この送信所は高さ134mもあり、下から見上げると唖然とする高さです。この3本の塔を電線でつなぎ電波塔としていたようです。とても大正時代の建造物とは思えません。当時は中国と戦争状態に入る事が避けられない状況だったため、現地の日本軍との通信のために建てられたそうです。そして昭和16年(1941年)、ここから北太平洋を航行中のハワイ真珠湾攻撃に向かう機動部隊に対して上記電文が打電された事は有名です。開戦日は12月8日(日本時間12月9日)に決定されたという意味の内容です。
 

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街中散策 (2024/09/26 訪問)

 飯森山の白虎隊が自刃した場所からは鶴ヶ城がよく見えました。街中にも遺構が残っています。土塁や甲賀町口門跡、外郭南町口遺跡などを散策しました。土塁は2カ所に説明板がありましたが、内容は同じでした。帰って来てから阿弥陀寺御三階を見逃していたことに気がつきました。痛恨の極みです。

ソースかつ丼は会津若松市の名物グルメです。今回は寿 治左エ門さんで「ひれ煮込みソースかつ丼」をいただきました。

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お堀端散策 (2024/09/26 訪問)

 鶴ヶ城は堀もよく残っています。時間の許す限り堀周辺を散策しました。

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石垣など散策 (2024/09/26 訪問)

 天守閣が目立つ鶴ヶ城ですが、石垣もよく残っています。どこを歩いてもいい石垣に遭遇します。

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蒲生氏郷 (2024/09/26 訪問)

 久しぶりの鶴ヶ城です。もう少し秋が深まってからの方がいいかと思いましたが、近くへ来たので登城してきました。もともとは芦名氏の黒川城がありましたが、安土桃山時代に入城した蒲生氏郷が近代城郭へと改修しました。戊辰戦争でも約1か月の籠城に耐えた難攻不落の城です。再建された天守閣、特に赤瓦にふき替えられてからはいい雰囲気を醸し出しています。石垣や堀もよく残っていて楽しく散策できる城址です。

10月26日に主に散策しましたが、27日も時間があり少しだけ登城しています。投稿した写真は主に26日のものですが、一部27日に撮影した写真が混じっています。

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幻の城 (2024/09/26 訪問)

 上杉景勝が築城を開始しましたが、徳川家康に上杉征伐の口実を与え、家康の会津征伐が間近に迫ったことから工事は中止となった幻の城です。鶴ヶ城の立地が山に近いことを危惧し、周囲が開けていて大川の水を利用できる神指原の地に築城をしようとしたと伝わっています。面積は鶴ヶ城の約2倍。完成すれば巨大城郭が出現するはずでした。土塁が所々残っています。今回は説明板と土塁が残る高瀬の大木(ケヤキ)へ行って来ました。地元の方の話では本丸は立入禁止になっているとのことでした。

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朝田 辰兵衛

🐶トクさん,レスありがとうございましたm(__)m (2024/08/12 訪問)

トクさん,レスありがとうございましたm(__)m
トクさんは(九州地方ではエリートとされる)「に●●つ」社員と推察しました。違っていたらスミマセン。
おそらく,天神バスターミナルから九州地方へ出ている高速バスは全系統乗車したと思います。ほぼほぼ,ドライバーの真後ろの席に座っていました。その節は,大変お世話になりましたm(__)m
現在,休止している島原線も,2度お世話になりました。思い出深いのは「平戸きっぷ」です。佐世保まで高速バスで行き,佐世保から路線バスに乗り換えて平戸へ…というのがセット券となっているものです。平戸の主要観光地に提示すると特典もあったと思います。あいにくの雨に見舞われましたが…<苦笑>。
また,SUNQパスのお知らせ,ありがとうございます。機会があれば,利用したいと思います。

さて,土肥城ですが,朝から35℃超。雨男が晴れる時はだいたい猛暑になります。主郭到着時点で持参の水分量がカツカツとなってしまったため,しとどの窟へは行けませんでした…<泣>。
そもそも,この日は私以外の登山者を見かけませんでした。外出すら危険と報じられた日でしたので…。
しかし,この日投函した「たのやく8月号プレゼント」に当選。当選品はチケットフォルダです。攻城の際,基本アナログ派となりますので,チケットフォルダはいくつあっても嬉しいです。スマホは,常時撮影限定。有事の際には情報収集を惜しみなく使います。飛行機はモバイルバッテリーの持ち込みが禁止なので,普段からこのスタンスを崩さずにいます。

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りくこう

河越館 (2024/09/28 訪問)

東武東上線 霞が関駅から徒歩15分、とても行きやすい所です。
案内板や説明板が数多く置かれており、館の歴史がよく知れるようになっています。
平安から戦国時代まで400年近く4期にわたって利用されてきた歴史ある館とあり、大変興味深かったです。
国指定史跡とだけあってしっかり手入れされており、すぐ側にある常楽寺は長い歴史を感じさせる建築物でした。
トイレやベンチもあり、休憩にもおすすめです。



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小城小次郎

東西どちらも勝たせられた男 (2024/02/11 訪問)

関ヶ原の折、このお城に陣取った小早川秀秋はここから戦況を見て東軍を選択することとなる。たった一人の判断でどちらをも勝たせられる状況にあった秀秋の心に去来したものは何だったのか。城跡は今も端正な縄張を残す。

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しんちゃん

河京ラーメン館 猪苗代店 (2024/09/16 訪問)

会津の猪苗代湖の北側、野口英世記念館の隣には河京ラーメン館 猪苗代店があります。猪苗代町と言えば猪苗代湖と野口英世、そして喜多方ラーメンでしょう。え?‥猪苗代城? そうですね‥
赤べこや喜多方ラーメンのお土産も豊富で、一階には「赤べこ神社」も有ります。ご神体の中に見たことのある赤べこ君がいます。これ土産で売ってるやつじゃん。2階のビュッフェはラーメンの食べ放題をやっているようです。7種類の喜多方ラーメンがあり、ラーメン好きにはたまりませんな! と思ったら営業終了! 2時半には店をたたんでしまうようです。しばらく真っ白になってると店員さんがこっちを見ています。まだ一階の店はやっているようです。捨てる神あれば拾う神あり。
一階はビュッフェほど種類は多くないですが、昔懐かしい雰囲気を醸し出していて、なかなか趣があります。なんか昭和に帰ってきた感じで嬉しくなってきます。

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しんちゃん

東側の道沿いに雰囲気を感じる (2024/05/04 訪問)

案内板によると三田氏館跡は「三田城」「谷保の城山」とも呼ばれ、鎌倉御家人であった津戸三郎為守が城主であったとする史料も存在しているようです。土塁や堀も残っているようですが、私有地で有るため周囲を道沿いに見学するのみです。

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飛騨市

江馬氏館内で飲食ができます (2024/09/20 訪問)

国の史跡「江馬氏城館跡」、国の名勝「江馬氏館跡庭園」の二重指定を受けている江馬氏館。
実はこの建物内で飲食をすることができるんです。

庭園を眺めながらゆっくりとした時間を過ごしませんか?
この日は、神岡町内にある和菓子屋さん、金木戸屋の笹巻羊羹をこの場所で頂きました。

歴史を感じながら頂く羊羹は美味しかったです。


もちろん、お弁当のお持ち込みもOKです。

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飛騨市

飛騨神岡の城めぐりオータムキャンペーン2024

飛騨の夏も過ぎ、涼やかな秋の季節、飛騨の城をめぐってみませんか?

江馬館と神岡城の共通入館券(おとな300円)をお買い求め頂き、

入館いただいた方には、

傘松城の国史跡追加指定を記念した特製クリアファイル(数量限定)をプレゼント!
グッズは数量限定で無くなり次第終了となりますので、ぜひお早めにお越しください。

詳細は、飛騨市公式観光サイト「飛騨の旅」内以下リンクをご参照下さい。

https://www.hida-kankou.jp/event/856

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飛騨市

飛騨神岡の城めぐりオータムキャンペーン2024

飛騨の夏も過ぎ、涼やかな秋の季節、飛騨の城をめぐってみませんか?

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入館いただいた方には、

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グッズは数量限定で無くなり次第終了となりますので、ぜひお早めにお越しください。

詳細は、飛騨市公式観光サイト「飛騨の旅」内以下リンクをご参照下さい。

https://www.hida-kankou.jp/event/856

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カズサン

二俣城・秋分の頃‐2/4 (2024/09/25 訪問)

 ※本丸~二の丸編(1/4搦手登城口から本丸編の続きです)

 本丸も草が刈って有り奇麗に整備されています、一人静に二俣城跡を楽しんでいます、天守台を北東角、南東化を眺めて静寂な本丸を眺める夏を惜しむ様なツクツクボウシの声が愛おしい。
 国指定史跡に平成30年指定されて、本丸の案内解説板が東の石垣土塁側に建ってるが6年を経過、二の丸への中仕切門跡辺りには彼岸花が咲いており秋分の頃を表している真紅の曼珠沙華が目に焼き付く、中仕切門跡から二の丸東土塁、大手門石垣の天端へ、先端の彼岸花がそっと咲いている。二の丸内部も奇麗に清掃されています。
 
 3/4二の丸・大手門跡編に続きます。
 

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しんちゃん

景勝軒! 栃木総本店 (2024/09/14 訪問)

栃木県を北上している時に、ふと見かけたラーメン屋「景勝軒」。
この日の昼食は道の駅「どまんなか田沼」で食した佐野ラーメンセット(芋カツ付き)だったのでお腹はいっぱいだったのですが、この名前がずっと気になっていました。景勝(かげかつ)軒とは、きっと上杉景勝のことに違いない。伊達政宗や直江兼続に比べると地味なイメージがある景勝公だが、わかる御人はわかってらっしゃる‥と勝手に考えておりました。
福島県にもあるかな?と考えて調べてみると栃木に2件しかない。この日の城攻めが終了すると、夕食をとりに景勝軒へ!
「藤ラーメン」を注文します。アジア系らしい若い女性の店員さんが「油いる?」みたいに聞いてくるので、「いりません」と答えたのですが、けっこう油多いです。通じてないのか、元々油の量が多いのか‥この年(50代前半)だとけっこうキツイですね。
アブラをせっせとよけながら食べていたのですが、この店、実は「けいしょうけん」というようです。
「かげかつけん」じゃ無かったのね‥ちょぴり残念な「しんちゃん」でした。しかしラーメンばかり食べてますね。

米沢城の景勝さん、景勝軒を「かげかつけん」と呼んで譲りません。御大謙信公も行きたそうな様子。大阪の豊中市には「謙信」という名前のラーメン屋さんが有るみたいですね。これは戦国大名とラーメンコラボもありかもしれません。

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