1470年菅沼定信が築城、田峰菅沼5代目の菅沼定忠が長篠合戦で武田勝頼に味方し、兵を挙げたが、会えなく敗退。その後知らせてを聞いた菅沼定直(定忠の叔父)が謀反を持ちかけ、田峰城への入城をすることができず、勝頼とともに武節城へ逃れ、1576年、田峰城に夜襲をかけ、一族96人を殺害。その後は徳川家康に属し、城主は定利が務めた。
複数の曲輪が置かれ、梯郭式城郭みなっています。遺構は大手門跡にある空堀と土塁のみ。本丸には復元された御殿と物見台があります。御殿は入ることができますが、有料です。また、大手門跡の所には馬防柵らしきものも復元されています。復元されたのは大手門、御殿、物見台の他、厩も復元されています。遺構が少ししかないのは残念ですが、建物の復元により、戦国時代の様子が想像しやすくていいです。御城印は御殿に売っていますが、道の駅のしたらにも売ってます。少し前までは御城印のガチャがあったのですが、今は無くなっています。また僕は行っていませんが、この城びとでは未登録である、津具城、寺脇城など、遺構が残る貴重な城も周辺に存在します。(ただ少し遠いです)そこも是非行ってみては?
評価
遺構:2
建物:3
行きやすさ:2
全体:2
攻城時間
30分くらい
+ 続きを読む









