ゴールデンウィークに訪問した2つ目が神奈川県横浜市の小机城。
鎌倉街道下道が鶴見川を渡り、神奈川湊(飯田町)から内陸へ向かう飯田道(現神奈川県道12号線に相当)が通るエリア。
その鶴見川の南岸、川に向かって北に突き出た舌状台地、と言うより台地本体とは狭い南西部のみが繋がる島状の地形を城郭とした小机城。
築城時期は定かでないものの関東管領山内上杉氏の配下だったようで、長尾景春の乱では景春方の城となり、太田道灌の鎮圧により落城。
小田原北条氏の時代に修復され、城主の北条一族を笠原氏が支えたとのこと。
現在は城の西部を第三京浜道路が貫通し、残った小机城址市民の森は樹木と竹林に覆われた涼しげな空間。
2つの主要な曲輪の周囲に残る、ちょうど台地の縁が土塁になるように掘った大きな堀が特徴的。
訪問時は根古谷から入城し、西曲輪、つなぎ曲輪、東曲輪、竹林の堀を歩き、富士仙元へ。
東西どちらの曲輪が本丸だったのか定かでない城ですが、個人的には台地本体とつながる尾根が大手口、第三京浜に削られた部分が三ノ丸、西曲輪が二ノ丸、二重の堀を挟んで東曲輪が本丸と見る方がしっくりくるかな。
どちらが本丸か推測するのも楽しい小机城が、私の城巡りの124城目でした。
+ 続きを読む









