現在の新橋駅の北側にあったようです。“新幸橋”の交差点や石碑はありますが、新がつかない幸橋は見当たらず。諦めかけていた時にJRガード下に「幸橋架道橋」「幸橋ガード」のプレートを見つけ、心の中でガッツポーズいたしました。御門跡とは関係ないかもしれませんが充分満足です。
何か痕跡がないかとうろうろしていると「土橋」という交差点がありました。道路がカーブしている場所に素通りできないこのネーミング。城びとの習性で写真を撮り、帰宅後、江戸時代の絵図を見てみると幸橋御門から芝口御門にかけて、土橋・中ノ橋・新橋と三本架橋されており、この場所は土橋跡のようでした。(芝口御門は36見附には含まれていませんが、この後投稿します。)
門跡の遺構らしきものは見つけられませんでしたが、前回投稿の虎ノ門とこの幸橋門の間にある日比谷セントラルビルには、かつて外堀を固めていた石積みが展示されています。説明板には普請に携わった九州の諸大名の名前が見られます。折敷に三文字の刻印は臼杵の稲葉一通のようです。(←今、検索しました)
+ 続きを読む










