大和で有力な豪族の十市氏の居城です。
一時期は秋山氏が入り、松永久秀に侵攻され改修が加えられたとの説もあり、松永氏滅亡後に廃城となったとされます。
大和で最大級の山城で北城と南城に分かれますが、まずは北城を投稿させて頂きます。
10年前にも行きましたが、雨が降って来て途中で切り上げた為、3分の2程度しか廻れませんでしたが、今回は大体廻れ、巨大な山城であることが体感できました。
搦手の南虎口から登って行くと、喰違いの土塁があり、主郭まで何度か折れ両側の郭から横矢が効いてテクニカルで防御が厳重です。
広い主郭から北西側下には4段の連続郭があり、上から2段目の郭は土塁に石垣も見られ、他の郭とは違ってました。
西ノ大手丸の北側には堀切や竪土塁、五人衆郭の北側には横堀・土塁や竪堀などが見られます。
主郭の北東下には城内で最も大きな堀切があり圧巻です。
太鼓ノ丸の南西下には見辛いですが、畝状竪堀群があります。
広大な縄張りで見所が多く、見応えがある城でした。
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