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2021/12/23 13:25
明石大橋が! (2018/03/22 訪問)
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2021/12/23 13:22
巽櫓と申坤櫓 (2018/03/22 訪問)
昔すぎて写真が一部なくなってましたが、場内のカフェで櫓を見ながら炬燵でお茶飲んでました。
また行きたい。
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2021/12/23 12:33
瓦林氏城跡 (2021/12/19 訪問)
子供の頃よく登った鷹尾山にある鷹尾城を築いた瓦林正頼公にまつわる城跡を自転車で回りました。鷹尾城址⇒越水城址⇒瓦林城址⇒富松城址の順で回りましたが、富松城以外は遺構がほとんど残っていない城跡でした。鷹尾城は登山口の案内板のみが残っていました。越水城はこちらも石碑のみしか残っていませんが、お城があったと思われる現在の住宅地が北側を除き、高台にあることがわかる地形で、特に東側の急な崖は恐らく切岸の跡かと想像できました。瓦林城は瓦林正頼公の居城で、1570年(元亀元年)に三好氏の家臣である篠原長房に攻められ落城した城ですが、こちらも城址に遺構はなく、日野神社の境内に城址碑が建てられていました。富松城は薬師寺氏によって築かれた城だと推定されています。戦乱のたびに城主が入れ代わった城で、三好長慶が摂津を治めていた時代には越水城の支城として利用されていましたが、織田信長の摂津進攻により越水城とともに放棄されたとのことです。現在城址には土塁、水堀の遺構が残っていましたが、柵が張り巡らされており、中には入れませんでした。
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2021/12/23 08:14
西南外周めぐり (2021/04/05 訪問)
仕事の後、時間があったので和歌山城へ。城内は1年前にひとめぐりしていますし、外周も岡口門から西の丸までの内堀沿いは歩いたことがあるものの、西辺と南辺の外周は歩いたことがなかったかも(自動車では何度も走ってますが)、ということで、この日は西南辺の外周めぐりです。
吹上口からスタートし、西外堀沿いに南に進むと堀越しに天守群がよく見えます。連立式天守は見る方向によって違った表情を見せてくれるので楽しいですね。西外堀の南端で砂の丸の高石垣が国道側にせり出していますが、国道沿いの面(西面)はコンクリートで不自然に覆われており、近くの説明板によると、かつて高石垣は現在の国道の真ん中付近まであったのが、明治に路面電車敷設のために取り除かれたんだとか。そこから少し南に行くとまた高石垣が復活し、折れを加えながら追廻門まで続いています。追廻門は徳川期和歌山城の搦手にあたり、門前の馬場で馬を追い廻したことからその名が付いたとされますが、昭和の解体修理で朱塗りの痕跡が見つかったことから、現在は朱で塗られ「赤門」とも呼ばれています。
追廻門から南、さらに東へ。建ち並ぶ建物の合間から高石垣がずっと続いているのが見えます。そして不明門に到着。不明門は「不浄門」として通常は閉ざされていたとされますが、現在では和歌山城公園駐車場の出入口として多くの車が行き交っています(喰い違いで見通しが悪いのでご注意)。不明門の脇には、徳川吉宗の普請とされる切込接ぎ石垣による高櫓台が聳え立っています。
なお、不明門から道路を挟んだ南側の岡山には徳川吉宗が建立した時鐘堂があり、その鐘は大坂夏の陣で鹵獲した豊臣方の青銅製の大砲を改鋳したものと伝わります。岡山は高櫓台越しに大天守を望む高台(かつては砂丘)で、ここから江戸期のみならず大正に至るまで城下に時刻を撞き知らせていたそうです。
不明門まで戻り、岡山砂丘との間の切通道だった三年坂を東へ。南の丸との間の南堀は水を抜いて公園化していますが、石垣は往時のまま遺り、南堀越しに大天守を仰ぐことができます。そして岡口門でゴール。寄り道しながら約45分の散策でした。
この日は外周を北西部から南東部まで半周しましたが、石垣を除去した痕跡とか時鐘堂とか、マイナーながら意外に楽しめましたので、
主な見どころはめぐり尽くしたという方にはおすすめかもしれません。
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2021/12/23 07:15
有岡城址散策 (2021/12/19 訪問)
ロードバイクの修理ついでに、JR伊丹駅前にある有岡城址を散策。何度か訪れていましたが、今回はゆっくり見学してみました。とはいうものの、駅の西側に公園として整備された主郭部と土塁や石垣が少々あり、その外側には大きな空堀らしき公園がある程度でした。近くの寺社にも砦址などがありましたが、かつて激戦のあった有岡城を感じるには遺構が少なすぎる感はありました。ただこれでも関係者の方々により色々復元されたとの話を聞き、只々頭の下がる思いでした。
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2021/12/23 07:02
三日月陣屋 (2021/12/18 訪問)
西播磨城郭巡りの帰り道ふと見ると「三日月陣屋」の看板があり、慌ててハンドルを切り寄り道することに。突如立派に復元された物見櫓~通用御門が目に飛び込んで来てテンションが上がりました。閉館前なので慌てて見学しましたが、人がいなかったこともあり、ゆっくり写真撮影できました。裏地には現存の藩校舎があり、なかなか見どころがありました。三日月陣屋は播磨三日月藩の藩庁として津山藩森家の分家である森長俊によって築かれた陣屋とのことです。津山藩森家の改易に伴ってこの地に新規立藩したそうです。廃藩置県により陣屋は解体され、物見櫓と藩校舎のみ現存しています。少し離れた場所にたつの市新宮町にある西法寺に移築されていた表門もありました。
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2021/12/23 06:56
城カード現存12天守シリーズ (2021/11/13 訪問)
城カード現存12天守シリーズの入手を目的に姫路城に行って参りました。3巡目の日本100名城スタンプラリーコンプリートを達成した2019年2月以来の姫路城です。その時は小天守群の特別公開が開催されていました。今回は、西の丸にて千姫・忠刻復元着物特別展示が行われていました。別料金300円を支払って勿論見てきましたとも。官兵衛普請の石垣も拝んでくることが出来ました。城カードも無事、ゲットできました。
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2021/12/23 00:08
36見附めぐり⑨~虎ノ御門~
虎ノ御門は日本最古の地下鉄銀座線の虎ノ門駅が最寄り駅です。11番出口のエスカレーター横の階段を上ったところに「江戸城外堀跡地下展示室」があり、ガラス越しに石垣を見ることができます。矢筈の刻印、積み替えの境目など説明を読みつつ観察、理解ができるギャラリー風の居心地のいい空間です。
外に出るとそこは文部科学省。上記の石垣を含めて三か所の石垣遺構が見られます。外堀石垣などの説明や情報がたくさんある文科省構内ラウンジ前(旧庁舎中庭)の石垣展示スペースと、もう一か所は歩道沿いです。楽しいなあ♪と思いながらふと足元を見ると石垣石を思わせる模様が地面にあります。しかもいくつも並んで。これは何だろう?と思って目で追ってみると、三か所の石垣を結ぶ塁線が浮かび上がってくるではないですか!こんな素敵な演出をさりげなくしてくださるなんて、うれしすぎて、胸アツです。ちなみにこれらの石垣は文科省の建て替え工事の際に出土し、展示用に整備したのだそうです。このあたりの外堀はすっかり埋め立てられてしまっていますが、こうして今でも江戸の面影を見られることはとてもありがたいです。
この地区でもう一か所外せないのが「溜池櫓台」です。江戸城外堀に三か所設けられた隅櫓のうち唯一現存する櫓台で(あとの二つは“36見附めぐり”①②でご紹介した浅草橋門と筋違橋門)、外堀通りの歩道橋を渡った真下にあります。ここも、よく残ってくれたなぁと感動する一画です。国史跡になっているので安泰かな。
昨日投稿の赤坂見附からこの虎ノ門見附の間にはかつて堀に堰をつくった大きな溜池があり、特許庁交差点あたりは緩く広く窪んでいて溜池の名残を感じることができます。また、江戸城の鎮守であった日枝神社も近くです。
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2021/12/22 22:33
名門吉良氏の持ち城で (2021/09/11 訪問)
名門吉良家の持ち城で蒔田御所とも呼ばれたお城は麓に吉良氏の菩提寺も存在するのでここ(学校の敷地)で間違いないと思うが、不思議なことに発掘ではお城の遺構ではなく古墳時代以前の遺構面しか確認できなかったのだとか。
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2021/12/22 21:10
2021/12/22 19:16
2021/12/22 18:58
神尾山城 (2021/11/28 訪問)
【神尾山城】
<駐車場他>金輪寺駐車場
<交通手段>車
<見所>曲輪
<感想>神尾山城は本目城(もとめじょう)の別名があり、波多野清秀の子柳本賢治が1526年に築城した。光秀丹波進攻後は八上城攻めの中継基地として利用されたようです。城の南に位置する金輪寺の建立はずっと前の時代、延暦二年(783年)で神尾山城は寺坊の曲輪を改良したものだと思われます。
登城口は金輪寺本堂の右脇から山道に入ります。城跡は山頂の主郭を中心に南方向と東方向の斜面に階段状の曲輪を配したオーソドックスな縄張りです。主郭の南3段下段程に横堀のような平坦で長い堀切があり西に竪堀となっています。また登城路途中に石垣遺構があり虎口跡っぽい遺構です。主郭内部は数年未整備のようで灌木でかなり鬱蒼としています。土塁遺構があるようですがちょっと分かりませんでした。東方向の段曲輪には天狗岩や巨石があり巨石を使った防御設備であったようです。
<満足度>◆◆◇
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2021/12/22 16:47
天然の要塞 (2021/12/21 訪問)
三方を海に囲まれた天然の要塞です。何と言っても北側にある岩盤剥き出しの崖には圧巻です。また、堀切や竪堀など確認でき大満足でした。
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2021/12/22 16:26
遺構はほとんどない (2021/12/11 訪問)
石碑があるくらいで、遺構はほぼ消失しています。
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2021/12/22 16:23
石垣が現存 (2021/12/11 訪問)
主郭の石垣や土塁が良好に残っており、当時の面影を伺うことができます。
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2021/12/22 08:13
「和歌山の近世城郭と台場」を読んで(後編) (2020/03/25 訪問)
(続き)
裏坂を下りたところの二の丸には、藩主の生活空間として二の丸御殿があり、内堀に架かる御橋廊下を渡った先の西の丸には、隠居所として御殿と庭園が設けられました。けやき大通りから御橋廊下越しに天守群を仰ぐアングルは定番の撮影スポットになっています。この日はわかやま歴史館には入らず、西之丸庭園も軽く流して鶴の渓へ。浅野期に整備された庭園で、鶴が飼われていたことから鶴の渓と呼ばれており、後背には豊臣期の野面積みの高石垣が聳えています。
砂の丸の西辺には高石垣が連なり、急勾配の合坂が設けられています。高石垣沿いに追廻門を確認して、砂の丸門から南に進むと、天守曲輪西麓(新裏坂周辺)の石垣に多数の刻印が見られます。刻印のある石垣は和泉砂岩に限られ、浅野期のものと考えられますが、目的等については不明のようです。駐車場を抜けて不明門を確認した後、南の丸門から南の丸へ。南の丸には童話園と水禽園からなる和歌山城公園動物園(入園無料。エサやり・ふれあい体験は有料)があり、親子連れの人気を集めています。うちの子も小さい頃、ウマやヒツジやヤギにニンジンをあげたり、こわごわとエミューに触ったりしていました。
動物園を抜けると、表坂の脇に精緻な切込接ぎによる松の丸櫓台が聳えています。紀州入りした徳川頼宣が松の丸櫓から東にある紀州富士(龍門山)を眺めて駿河を懐かしんだと伝わることから、松の丸櫓台は駿河台とも呼ばれています。そして、松の丸櫓台の麓の岡中門で城内をほぼ一周。岡口門から出て、振り返って天守を仰ぎつつ、和歌山城を後にしました。
和歌山城について、ひと通りのことはわかっているつもりでしたが、専門書を読むと初めて知ることも山ほどあって、まだまだこれからも「和歌山の近世城郭と台場」を参考に楽しませてもらえそうです。
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2021/12/22 06:39
姫路城に赴く直前に (2021/11/13 訪問)
姫路城に赴く直前に立ち寄りました。石碑と説明板があるだけでも満足です。此処も空堀と土塁がノーチェックとなってしまったので再訪しなくては。赤松氏の居城で置塩城に移ると廃城になりました。
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2021/12/22 00:10
北条早雲最初の城 (2021/04/30 訪問)
しっかり整備されていて見やすく、土類や野面積の石垣、本丸北側の大空堀(堀切か?)など見どころが目白押しだ。
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2021/12/21 23:22
パシフィコ横浜までの寄り道② (2021/12/17 訪問)
青木城から権現山城へ。所要時間の3分程度は信号待ちと横断歩道の通過時間。約10分で到着です。
横浜ポチっとな。
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