りかんじょう

利神城

兵庫県佐用郡

別名 : 雲突城、平福城
旧国名 : 播磨

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三ノ丸から見た天守丸・本丸
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キンヤ

池田氏による総石垣の城 (2015/05/04 訪問)

徳川時代に姫路城を居城とする池田輝政領の西の支城として池田氏が大改修した総石垣の城とされます。
また、それ以前の織豊期に既に石垣が用いられていたとの説もあるようです。

今月の4月13日からガイドツアーで三ノ丸までは見学できるようになりましたね。

私は、2015年度から国史跡に向けて調査・整備が始まるということで、開始前ギリギリのGWに行きました。

当日は雨模様でしたが、麓の道の駅に到着時には雨が止み城山を眺めていると、道の駅の方に話しかけられ利神城の事を説明して下さり、登っても良いと言われました。
国史跡になった後は入山が厳しくなったようですが、この時は登城口に石垣が崩落の恐れありとの注意看板があるものの入って行けましたので、気をつけながら見学しました。

三ノ丸に到着すると、天守丸・本丸周辺が望め感動しました。

本丸周りは全面石垣で見応えがあり、枡形虎口もありカッコ良かったです。
天守丸からの眺望も素晴らしかったです。

二ノ丸方面に行くと、石垣が良く残っており、本丸周辺とは違う種類の石が使われているように思えました。

最後の馬場下の大堀切まで着たところで雨が降り出したので下山しました。

石垣が崩れている箇所や草で見えない箇所が多くありましたが、総石垣で凄過ぎる城でした。

この時は廃城感があって良い面もありましたが、ほおっておけば更に石垣の崩れが酷くなりそうな事が懸念されました。

その後、整備して頂いている方々に感謝します。
今後も整備が進み天守丸・本丸まで見学できるようになる事を期待し、その際はぜひツアーに参加したいです。

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あんどれ

三の丸までよ。 (2021/04/13 訪問)

記念すべき第1回目の利神城ガイドツアーに参加。三の丸までしか入れませんが、今後の整備に期待!!

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昌官忠

西日本遠征 (2019/11/07 訪問)

道の駅宿場町ひらふく駐車場(35.044671、134.369659)に駐車して攻城。
入山できるか道の駅で確認したところ、不可とのことなので、遠望と陣屋門、本陣跡の写真を撮って撤退しました。攻城時間は25分位でした。

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ヒロケン

お気に入り (2014/04/26 訪問)

利神城は佐用町平福にある城跡で、南北朝時代に赤松一族の別所氏が利神山に山城を築き、慶長5年関ケ原の戦いのあと、播磨52万石の領主池田輝政の甥池田出羽守由之が平福領2万3千石の領主となり、5年の歳月をかけて広壮な城郭を造営し、山麓には城主屋敷、武家屋敷を配しました。現在も、山頂に登れば本丸、二の丸、大坂丸などの石垣群が今も昔の姿を忍ばせていますが、登山道が荒廃しているため残念ながら登ることはできません。(佐用町公式ホームページより抜粋)

自分が登城したのが6年前の4月で、道の駅「宿場町平福」に駐車し徒歩にて40分~50分ほどで山頂に着いたと記憶しています。
登山道入り口に「危険のため登山は遠慮下さい」との旨の看板と金網で遮断されていましたが、鍵はかけられておらず、柵を自分で開け登城しました。
急坂が連続しており、とても軽装では進むことが出来ないと思うほどの坂道で、入口にあった「危険」の看板は嘘ではないと実感しましたが、坂道を抜けると三の丸に到達し、三の丸から見える本丸の石垣・本丸下の二の丸から長く続く石垣が素晴らしく、まさに総石垣の城郭跡です。観光地と整備される前の竹田城に登城した際の感動と同じ感情であったのを覚えています。大の「お気に入り」なので機会があればもう一度、登城したいと思います。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 型式不明[3重/1606年築/破却]
築城主 別所敦範
築城年 正平4年〔南朝〕/貞和5年〔北朝〕(1349)
主な改修者 池田由之
主な城主 別所氏、宇喜多氏、池田氏
廃城年 寛永8年(1631)
遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(利神城跡)
住所 兵庫県佐用郡佐用町平福
問い合わせ先 佐用町教育課企画総務室文化財係
問い合わせ先電話番号 0790-82-2424