浄真寺の南側、西側に土塁が確認でき、その端に城跡を示す石碑があります。
世田谷区の指定史跡ですが、境内に説明板などは確認できません。
お寺としては楼門や鐘楼などの建築物が立派で、また上品下品という仏教の思想も学べます。
城びとよりは「寺びと」の方々がテンションあがるような場所ですね。
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2022/03/28 07:45
立派なお寺 (2022/03/26 訪問)
浄真寺の南側、西側に土塁が確認でき、その端に城跡を示す石碑があります。
世田谷区の指定史跡ですが、境内に説明板などは確認できません。
お寺としては楼門や鐘楼などの建築物が立派で、また上品下品という仏教の思想も学べます。
城びとよりは「寺びと」の方々がテンションあがるような場所ですね。
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2022/03/28 06:50
県内の城めぐり2022⑥ (2022/03/20 訪問)
2月27日、降雨のため攻城を断念したリベンジです。武田信玄供養灰塚のある長岳寺に立ち寄ってから赴きました。阿智公園の案内表示はわかりやすく出ていましたが、かなりの悪路だったので途中のスペースに車を駐め徒歩で攻め上りました。全面通行止表示は車両対象と解釈して先を進みます。四阿や遊具のある曲輪群の先になかなか見応えのある連続堀切や竪堀がありました。
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2022/03/27 20:36
岩槻で城跡散策 (2022/02/21 訪問)
昨年、お城EXPOへ出展されたのをきっかけに、遺構が残っていることを知った岩槻城。
そこで先月、埼玉県さいたま市の岩槻城へ行ってきました。
岩槻は鎌倉街道中道(後の日光御成街道)が元荒川を渡るポイント。
15世紀中頃、太田道真・道灌父子が古河公方方に備えて江戸城・川越城と共に築いた防衛ラインの城。
との認識でしたが、忍城の成田氏築城説もあるようです。
元荒川西岸の沼地に囲まれた半島状の台地を城郭としており、1500年代前半には太田氏が居住。
その後、北条氏一族の城となり、ここで城域が拡張されたのでしょうか。発掘調査では新曲輪に畝堀が見つかっており、秀吉の小田原征伐前には城下町まで堀と土塁で囲んだ大構(総構)の城に発展。
徳川政権下でも岩槻藩が置かれ、江戸後期は大岡氏が城主を務めました。
現在は新曲輪と鍛冶曲輪が岩槻城址公園となっており、本丸などの中枢部は県道2号線が貫通する住宅地。
訪問時は、まずは立派な堀と馬出が健在の公園へ。
2つの城門は周辺整備の最中で、堀障子は3mほど埋め戻されているとの説明。
続く住宅地側も嘗ての曲輪と沼地の高低が確認でき、特に大手門付近の土橋地形にはチョット感動。
主要な曲輪には標柱がたっており、本丸標柱横の銀行は、ちょうど本丸の櫓ですね。
最後は新正寺曲輪の久伊豆神社を参拝し、滞在時間は昼食タイムを含めて計5時間。
岩槻の町歩きが、私の城巡りの119城目となりました。
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2022/03/27 19:51
鎌掛城 (2022/03/05 訪問)
【鎌掛城】
<駐車場他>正法寺駐車場
<交通手段>車
<見所>居館跡・曲輪・石組井戸
<感想>鎌掛城は1335年に中野左衛門尉清信が砦として築き、1502年頃、蒲生秀行が音羽城の支城として修築されたと伝えられています。蒲生氏郷の父蒲生賢秀が氏郷に家督を譲ったのち隠居した場所としても伝えられています。
麓の居館跡と山頂に詰城があり、居館跡は山側以外の3方を堀と土塁で囲んでいます。内部の削平地はきれいに残っており石積みが崩れたような跡もあって見応えがあります。
山城の方はなかなかの登山で国の天然記念物「鎌掛の屏風岩」の上を通ったり、城跡の物見岩と思われる固い岩盤の下から鎖を伝い登ったりして楽しいです。城跡は登った山頂に土塁付きの主郭があり、そこからV字状の尾根添いに曲輪が広がっています。V字のなかの谷の真ん中辺りに石組井戸があります。曲輪は広い段曲輪が広がっているようなのですが、かなり木々が鬱蒼としていて人が入り込める曲輪は数か所しかありません。
<満足度>◆◆◇
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2022/03/27 19:02
長浜城 (2022/03/27 訪問)
雨上がりにフラフラっと近所の長浜城に散歩に行きました。入口が少し解りにくいですが小さい看板が設置してありそこから奥に入ると駐車場があり5台程停めるスペースがあります。トイレはそこに有ります。小さい城跡ですが非常に見学もしやすく遺構ごとに看板も設置してありバーコードリーダーもついていて解りやすく解説も見れます。一つ注意点は雨上がり等足元が濡れている時は滑りやすい所がありますので注意が必要です。
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2022/03/27 17:57
36見附めぐり㊴~中雀門~
真鍮金具付きの門扉が設えられ格式の高さを誇った本丸表門。大手三の門(下乗門)で下乗しなかった御三家もここで駕籠を降りたそうです。ぐるっとまわるコーナーの狭い空間に櫓台石垣が密集している様子からもここが本丸への最終関門だったことがわかります。二の丸との高低差も大名の登城路として何だか意味ありげです。
〇や□の柱穴のある門柱の礎石が残されていますが、元々は明暦の火災で焼けた天守台の石だったそうで、支えるべき主を二度失ってのちもコンクリートの地面に半身を埋めつつ歴史を伝える姿に愛おしさすら覚えます。
視線を上げると広範囲に真っ黒な火災痕の残る石垣が視界に飛び込んできます。初めて目にした時は石が焼けるとこんなふうになるということを知らず、本丸表門らしくない石だと思ったものですが、これこそが時代のリアルを伝えるものだと知ってからはこの痛々しい姿を見る辛さも本丸へ到達するための通過儀礼だと思っています。文久3年(1863)の火災時の痕跡だそうです。
36見附めぐり39投稿目にしてやっと本丸にたどり着きましたヽ(^o^)丿算数は苦手なので、数字がおかしいのは見逃してください。3こ多い…。
全貌を語るにはまだまだ初心者でおぼろげながら骨格が見えてきたかなぁというところですが、江戸城の感想を一言で言うとしたら、無血開城万歳\(^o^)/です。
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2022/03/27 17:05
2022/03/27 16:51
土の山城攻略の苦楽が詰まってます (2022/03/27 訪問)
登城口から10分ほど急斜面を登ると本廓を見上げる尾根に着きます。そこを左にすすむと城域です。現在、途中の二の廓、本廓に登るルートは木の階段が壊れていて通れないので、本廓をぐるっと回り西廓、虎口から本廓に登るルートを使います。竪堀、横堀、堀切が組み合わさり、土の山城らしい景観を作り出しています。囮虎口は初めて見ましたが、知らずに攻めた敵がはまった時、そのがっかり感を想像したら可笑しかったです。登城ルートにもアップダウンがありますので疲れました。約1時間の見学時間でした。
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2022/03/27 12:12
駿河今川氏の歴史的転換点 (2021/11/06 訪問)
栴岳承芳が玄広恵探と今川氏の家督を巡って争った花倉の乱の舞台で、花倉は駿河今川氏の初期拠点でもあった。玄広恵探は最後の砦であった花倉城を陥れられて敗北するが、乱に勝利した栴岳承芳こそが後の今川義元その人である。
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2022/03/27 09:39
数少ない都内の国指定史跡 (2022/03/26 訪問)
東京都で100名城・続100名城ではないのに国指定史跡に指定されているのはこの深大寺城だけです。
第2郭の土塁・堀はダイナミックです。
第1郭の土塁は木々が植わっているため、立派そうですが全貌はイメージしにくいです。
歴史的な案内・説明などがもう少し充実しているとよかったのですが、神代植物公園の一角と考えればこんなものでしょうか。
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2022/03/27 08:36
民家の庭先に登城口 (2022/03/19 訪問)
近くに駐車場が無く路駐できそうな場所も見つけられなかったのでちょっと離れた道の駅みなのから歩きました。
県道82号線の強石橋バス停付近に説明板があり、そこから奥に入る道を進んでいくと民家への入口に案内板があります。
そこを登ると民家の庭先に入りますが手前に手作りの案内板があり、その道を進みます。
道は二手に分かれ、左手の祠方面が正解なのですが右手に行ってしまい、急斜面を直登することになりました。
直登した先は恐らく東の道で藪の中に曲輪があります。
少し歩くと竪堀を発見!
迷ったら竪堀を登れ、との格言?通り登って行くと尾根に出ることができました。
この尾根は北東に伸びていて堀切があり、二重の堀切は見応えがあります。
主郭には説明板が立ち、眺望も良いです。
帰りは正規のルートである西の尾根道で。
堀切や土橋がありました。
この辺りでは竜ヶ谷城と呼ばれ、北条氏邦が秩父を支配した際の重要な拠点となりました。
ハイキングコースにもなっていて急峻ではありますが歩きやすい城だと思います。
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2022/03/27 00:29
2022/03/27 00:08
2022/03/26 23:59
江戸城外堀跡地下展示室 (2017/01/24 訪問)
東京出張ついでに銀座線虎ノ門駅にある外濠跡地下展示室と溜池櫓台を見学。
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2022/03/26 23:53
2022/03/26 23:46
2022/03/26 23:40
2022/03/26 23:12
2022/03/26 23:05
2022/03/26 22:47
30年前(1992年)の丸岡城 (1992/10/31 訪問)
30年前に出張で訪れて以来、100名城、現存天守であるが再訪できないでいる。
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