にのまるさん、大和郡山城の橋クイズにお答え頂きありがとうございました。
極楽橋で大正解です。
正月第二日目は、東京の両国にある「江戸東京博物館」に行ってきました。
今年に休館することになっていたので行ってきました。
きっかけは、にのまるさんのご投稿です。
江戸城のスケールの大きさ等を学習出来て満足です。
そして、本日は、松山城に久しぶりに攻城致しました。
松山城は、堅固な城で幾つもトリックが張り巡らされています。
そこで、またクイズを出します。
くねくねと曲がった道をひたすら登り詰めたら、本丸への道が見えてきました。
戸無門をくぐり筒井門に来た時、その向こうに隠門がひっそりと隠れておりますね。
そこで質問です。
何故、筒井門の向こうに隠門という門を造ったのでしょうか?
そこで、私は隠門をくぐり右折れすれど次の門が見えてこないと思っていたら、ひっそりと太鼓門を発見しました。
ここをくぐってやっと本丸曲輪に出ました。
そこは広い曲輪になっていて右側に本丸井戸を発見しました。
今は柵がされていたので、どれだけの深さは体験出来なかったのですが
そこで質問です。
この本丸井戸の直径と深さは何mですか?
そして、私はゆっくりと松山城天守閣の方へと歩きはじめました。
そこには、密になった構造物が建っていました。
今は3重の天守としてそびえていました。
築城時には5重の天守だったと説明されていますが、私は元々から3重天守だったと考えております。
理由については、長くなるので省略します。
私は、3重天守をじっくりと見上げました。
回り縁と高欄があるのを発見致しました。
そこで質問です。
12の現存天守で、ちゃんとした回り縁と高欄のある天守閣が2つ有ります。
それを答えて下さい。
即ち、現存天守の中には回り縁や高欄そのものが無い天守や高欄はあるのだが回り縁が無い天守や単なる飾り物として存在するものや外には回り縁や高欄は無いのだがそれを造ろうとした痕跡のある天守等がありユニーク極まりないです。
現存天守って本当に素晴らしい限りです。
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