飛騨国の領主となった金森長近が養嗣子の金森可重の居城として築き、高山城の支城として北飛騨統治の拠点となりました。一国一城令により廃城となった後も金森氏の「旅館」として維持されましたが、江戸中期に金森氏が出羽国上山に移封されて天領になると、高山城とともに破却されました。
古川小学校の駐車場から登城開始。本丸は支援学校とグラウンド、二の丸は小学校になり、本丸と二の丸を囲んでいた水堀はほとんどが埋め立てられましたが、本丸櫓台とその周囲の水堀の一部が現存しています。櫓台の石垣は状態よく遺り、櫓台の上には御蔵稲荷神社が祀られていました。
城跡に増島城の建物はありませんが、破却の際に本光寺に書院と城門が、林昌寺と円光寺に城門が移築されたそうで、林昌寺と円光寺の移築城門は山門として現存し、本光寺の書院は火災で失われたものの、城門は浄徳寺に再移築されて山門として現存しています。また、林昌寺は金森氏ゆかりの菩提寺だそうで、墓地には金森家の墓所もありました。
移築門めぐりとあわせて飛騨古川の城下町散策も。城びと編集部の記事でも紹介されていましたが、瀬戸川沿いの白壁土蔵街は外せません(円光寺からすぐです)。瀬戸川に鯉が泳いでいないぞ? と思っていたら、冬場は増島城の水堀に移されているんですね。そういえば水堀には結構な数の鯉がいたような…(4枚目の写真参照)。時間の都合で飛騨古川まつり会館には行ってませんが、岡田屋のしょうゆ味のみだらしだんごを食べ歩きし、味処古川の飛騨地鶏けいちゃん定食で遅めの昼食。ビールが飲みたくなる味ながら、この後も車で城めぐりなのでコーヒーで我慢。けいちゃんがお土産に売っていたので、買って帰って家で心ゆくまで呑みつつ食べました。お土産には味噌煎餅本舗井之廣の味噌煎餅も。お得な割れせんを買いましたが、味噌の香ばしさを感じる上品な甘さの煎餅で、ついつい手が伸びてあっという間に食べ尽くしてしまいました。もっと買っておけばよかった…。
本城にあたる高山城の城下町には及ばないにしても、増島城の城下町も現在に至るまで城下町の風情が伝えられていて、長近だけでなく可重もまちづくりに注力していたんだろうな、と思わされた飛騨古川でした。
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