三河の争いが多発していた頃に活躍した城。徳川家康が兵糧攻めを行い、酒井忠次が城主だった。その後姫路城築城で有名な池田輝政が入城し、見事な石垣を造る。
今は復興された鉄櫓が残っています。最近の調査で酒井忠次が堀を掘っていたことや、池田輝政の最新技術の野面積みが発見されています。石垣には刻印が書いてあり、石垣刻印というそうです。城は公園になっていて、鉄櫓まで結構歩いた気がします。
僕がここに行ったのは1年前、あまり興味の無かったときに訪問したのでなかなか記憶にありません。また行きたいと思ってます。
評価
遺構:4
建物の美:4
行きやすさ:3
攻城時間
最低20分、じっくりだったら50分
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