かたくらじょう

片倉城

東京都八王子市

別名 : 八王子城
旧国名 : 武蔵

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本丸から二の丸へかかる橋
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しんちゃん

片倉城跡公園 (2024/01/28 訪問)

片倉城は北の湯殿川と南の兵衛川に挟まれた丘陵地の先端部に築かれた丘城(平山城)です。現在は片倉城址公園として整備されていて北東部の住吉神社の南の小高い所に本丸があり、周囲に土塁が残っています。その先に堀切があり橋を渡ると二の丸に到達します。
八王子市とはいえ東京で、遺構の残っている城は貴重だと思いますね。
歴史は古く和田合戦で和田義盛が滅んだあとは、和田氏に味方した横山党も衰退し、当地は大江広元の領土になったそうです。室町時代には大江氏の流れを汲む大江師親か長井時広が在城していたとされ、この時には既に片倉城は築城されていたようです。後に北条氏の城となり、北条氏が武田信玄と戦った三増峠の戦いでは北条氏照と氏邦の兄弟が片倉城より出陣したそうです。
後の豊臣秀吉の小田原征伐の際に八王子城と共に落城し廃城になったものと思われます。

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小城小次郎

一文字に三ツ星 (2023/11/11 訪問)

都心部とは思えない本格山城だが公園内をさらっと眺めるだけでは凄いところをまるで見ないで終わるので隅々まで見て欲しい。大江氏一族の長井氏にまつわるとされ、城内の住吉神社には意味ありげな家紋が光っている。

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HARU

片倉城跡公園 (2017/04/07 訪問)

現住所のすぐ近くにある「片倉城跡」、ウォーキングがてらに幾度となく訪れていますが、お勧めは二の丸広場などに咲くサクラと堀跡に咲くカタクリの花が咲く季節です。

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イタさん

市民が多く散策する城跡公園 (2023/12/27 訪問)

案内板に、新編武蔵風土記稿になどには、応永年間(1394-1428)の大江備中守師親の在城を記し、大江氏の後裔の長井氏の城郭とされていますが確証がありません。築城主体や年代の特定は困難ですが、他の中世城郭との比較から十五世紀後半以降に築城され、十六世紀代に廃城になったと推定されています・・・。と載っている。

片倉沢・奥の沢など、北・東・南は崖で湧水が多いらしく、池(沼)などが多い。公園入口の住吉沼は昔の沼の名残らしい。城址公園には三ヶ所の広場があり、小さな郭の休憩広場、堀を挟んで南に二の丸広場、二の丸の東に本丸広場がある。二の丸広場の西に堀を挟んで、大半は畑になるが郭が見られる。本丸と二の丸間の堀には橋が架けられている。堀は大分埋まっており、丈の長い枯れ草が風景の邪魔をしている。本丸東隅に他より高い土塁がある。縄張図に「物見・のろし」と記載があるので、櫓のような物が建っていたのだろうか。本丸の北には住吉神社の建つ腰郭がある。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 長井時広
築城年 応永年間(1394〜1428)頃
主な城主 大江氏、長井氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、土橋、櫓台
指定文化財 都史跡(片倉城跡)
再建造物 説明板
住所 東京都八王子市片倉町2423他(片倉城跡公園)
問い合わせ先 八王子市生涯学習スポーツ部文化財課
問い合わせ先電話番号 042-620-7265