せんばじょう

千馬城

埼玉県秩父郡

別名 : 千馬山城、龍ヶ谷城、龍が谷城、竜ヶ谷城、要害山城
旧国名 : 武蔵

投稿する
主郭
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

用土新左衛門 (2026/05/05 訪問)

 鉢形城の支城として北条氏邦の家臣、用土新左衛門が築城したと伝わります。強石橋方面から歩いて行くと案内表示があり、用土新左衛門業国石宮を過ぎて登って行きます。登城路は整備され比較的歩きやすかった。曲輪跡、堀切などが残り楽しく散策できます。新緑のこの時期に山城はどうかなと思いましたが、あまり支障なく見学できました。説明板には「十九条の空堀が残っており、、」とありましたが、全部を見ることができたわけではありません。説明板の縄張り図を見ると東南には腰曲輪(東の郭Ⅰ、Ⅱ)が展開し、横堀や竪堀が存在しますが、ロープなどが張ってあり散策を断念しました。遠くから見ると伐採された木や竹が積まれていてわかりにくい状況でした。

 親鼻駅から徒歩にて強石橋を経由して登城しました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

昌官忠

秩父鉄道沿線城巡り④:千馬山城 (2026/05/05 訪問)

2026年5月11日~6月11日まで中国地方と兵庫県のお城を攻城する予定です。
1年ぶりの遠征に向け、事前の足ならし攻城(①中央線&京王線沿線城巡り、②三浦半島城巡り)に続く第3弾は日帰り秩父鉄道沿線城巡りです。
秩父鉄道沿線城巡り4城目は千馬山城(ラスト)です。
親鼻駅より徒歩35分位で、龍ヶ谷城説明板(36.069570、139.124448)を経由して、千馬山城登城口(36.070608,139.127140)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、用土新左衛門(藤田康邦)により築かれた、あるいは改修されたと云われています。
藤田康邦は1546年(天文15年)小田原北条氏に降伏して、四男氏邦を養子に迎えて家督を譲ります。
この康邦が用土氏と名乗りを変えていますが、千馬山城の用土新左衛門は藤田氏の分家筋の用土氏と推測されているようです。
北条氏邦が城主をつとめた鉢形城の支城としての役割がありました。1561年(永禄4年)に長尾景虎、1569年(永禄12年)には武田信玄に攻撃されますが撃退しています。
しかし、1590年(天正18年)豊臣秀吉による小田原征伐では鉢形城とともに落城し、廃城となりました。

登り口の民家に看板があります。看板の表示は全て「龍ヶ谷城」です。遠くないところに別の龍ヶ谷城があるので紛らわしいですね。
遺構として、郭、堀切、横堀、竪堀、土塁などが確認できます。
攻城時間は50分くらいでした。日帰り秩父鉄道沿線城巡りはここがラストです。千葉の自宅に帰ります。
歩行歩数=38927歩、歩行距離=27.2Kmです。長期遠征前のいい運動になりました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

用土 新左衛門の憂鬱。 (2022/04/30 訪問)

本日、看板びとです。
秩父にある「千馬城」、説明板の写真だけ写し退陣しました。

説明板には、100名城でもある「鉢形城」の支城として用土 新左衛門さんが築たそうです。
用土さん、調べてみると 藤田 康邦さんでした。
先日 投稿した「天神山城」も築いた方です。
藤田 康邦さんは、娘が北条 氏邦さんと結婚。嫡男は、北条家に毒殺。次男は、武田家に寝返りました。
藤田 康邦さんも「用土城」に移ります。
「千馬城」は武田家にも睨みをきかせているので、藤田 康邦さんの心情お察しします。

用土から、土用の丑の日を連想しました。
今年は、7/23、8/4です。
急に暑くなりました。土用の丑の日を待たずに、栄養取って元気に過ごしましょう。

+ 続きを読む

赤い城

民家の庭先に登城口 (2022/03/19 訪問)

近くに駐車場が無く路駐できそうな場所も見つけられなかったのでちょっと離れた道の駅みなのから歩きました。
県道82号線の強石橋バス停付近に説明板があり、そこから奥に入る道を進んでいくと民家への入口に案内板があります。
そこを登ると民家の庭先に入りますが手前に手作りの案内板があり、その道を進みます。
道は二手に分かれ、左手の祠方面が正解なのですが右手に行ってしまい、急斜面を直登することになりました。
直登した先は恐らく東の道で藪の中に曲輪があります。
少し歩くと竪堀を発見!
迷ったら竪堀を登れ、との格言?通り登って行くと尾根に出ることができました。
この尾根は北東に伸びていて堀切があり、二重の堀切は見応えがあります。
主郭には説明板が立ち、眺望も良いです。
帰りは正規のルートである西の尾根道で。
堀切や土橋がありました。
この辺りでは竜ヶ谷城と呼ばれ、北条氏邦が秩父を支配した際の重要な拠点となりました。
ハイキングコースにもなっていて急峻ではありますが歩きやすい城だと思います。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 用土正光
築城年 戦国時代
主な城主 用土氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀、土橋、虎口、犬走り
指定文化財 県選定重要遺跡(竜ヶ谷城跡)
再建造物 説明板
住所 埼玉県秩父郡皆野町大字三沢2980他
問い合わせ先 皆野町教育委員会社会教育担当
問い合わせ先電話番号 0493-62-4563