みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

カズサン

本丸と諸御門 (2022/06/20 訪問)

 米子城の本丸に出入りできる門は大手側から鉄御門、ここは外枡形内枡形の二重構造、本丸西奥に内の門、本丸西の水の手郭の水手御門、ここは搦手に当たるのか湊山公園に昇り降りできるルートがある。
 遠見櫓郭の出入りに本丸内の門を水の手郭に入り180度バックして本丸北城塁下の犬走に入る冠木門、遠見櫓郭から番所へ降りる道も有り裏冠木御門へと続く。
 本丸はさほど広くない、中心部に番所建物が在った様子、大天守閣と小天守閣の管理番が居たのでしょうか?
 本丸は吉川広家時代に現在の小天守が天守閣で南隅に有りましたが、中村一忠時代伯耆18万石の威厳を見せるため本丸を嵩上げして北側に2段ほど積み上げて大天守台と大天守を築いた様子、広家の小天守と一忠の大天守で連立式の様相を見せた。
 本丸、大天守台、小天守台は最高の眺望が望めます、天気が良く、伯耆大山、中海、日本海が見通せるタイミングが最高です。今回はアウトでした。

 

 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

金ぴかのシャチホコと3匹のシャチホコ。 (2022/05/05 訪問)

「小牧山城」から「名古屋城」に転戦しようと、Googleをチェック。真ん中位に「溝口城」がありました。
名古屋高速小牧線下の一般道を、名古屋市方向に向かいます。
トラフィックインフォメーションは、京都や大阪、岐阜等々の情報を流し、工業・商業の大都市なんだと再確認しました。
大きな街道から住宅地に入り、小さな公園に到着。
石碑だっ!と駆け寄っても「溝口城」の物ではありません。
溝口氏が築いた「溝口城」は遺構も残ってません。
溝口氏を調べたら、越後新発田藩初代藩主 溝口 秀勝さんが「溝口城」の城主でした。
新発田と言えば「新発田城」の3匹のシャチホコ。
この後、「名古屋城」の金ぴかシャチホコを楽しみにしていたので、無理やりシャチホコで繋げました。

+ 続きを読む

ヒロケン

戸田一族の城 (2022/06/26 訪問)

田原城は三河湾に注ぐ汐川の河口北側にある標高約15m丘陵上にあり、1480年頃東三河で勢力を伸ばした戸田宗光公が築いた梯郭式平山城です。本丸を中心に北に藤田曲輪、南西に二の丸、南東に三の丸を置いた縄張りです。

現在の田原城は本丸跡に、巴江神社、二の丸に田原博物館、三の丸に護国神社があり、桜門・二の丸櫓が復興されています。
駐車場・トイレも完備されており、田原市博物館には、田原藩家老で文人画家・蘭学者として活躍した渡辺崋山の生涯をテーマにしている展示室もあり、田原市の歴史を学ぶこともできます。復興二の丸櫓内には田原城の縄張りを模した模型もあり、田原城を詳しく知ることが出来ます。

この日、2021年1月1日に行ったきり行けていなかった、浜松城に赴き1年半越しでリニューアルした展示館を見学。見学後、外に出てみると、ゴロゴロ、ザーザーと雨☂天守内に入るまでは、雲の切れ間から晴れ間ものぞき雨が降るような天気ではなかったのですが(*_*)
急いで、車に戻り豊橋方面に車を走らせてたら、いきなりのぴーかん☀。少々、欲求不満気味であったので、渥美半島方面に向きを変え、6度目の田原城へ。こじんまりとした城ではありますが、中々、風情の残る城跡なので東三河へお越しの際は是非お立ち寄り下さいませ。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぎりょう

いち早い修復を期待します!! (2022/07/02 訪問)

今日は、先週の白石城跡に続いて仙台城に現状確認で登城した。城址は今年3月の地震により石垣の崩落、変形、土塀の崩壊、本丸東側崖面の亀裂とともに政宗公騎馬像が傾く被害があったと報道されている。市教委の発表では修復には今後3年ほどを要するとのこと。
政宗公騎馬像は現在、周囲をシートで閉ざされ、傾いた状態のまま修理を待っているが、観光客の登城記念の撮影スポットであるため、最近になって同サイズの写真が貼られている。
車で本丸へは、通常大手門跡から左折して市道仙台城跡線で登るが、現在も石垣が散乱している場所があり通行止め。西側の東北大学工学部側を迂回して本丸会館駐車場を利用することとなる。徒歩の場合は仙台市博物館(現在は改修工事のため休館中)駐車場側からの歩道が一部開通しており歩いて登城が可能だ。
なにぶん仙台城跡は仙台観光のめだまであることから、いち早い修復を期待したい。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

零汰

堀切断面

土砂採取で城跡が消滅もしくは部分的に破壊されている場所をこれまで幾つも目にしてきました。

白い土砂がシラスです、始めて見た時は驚きました。シラス採取により尾根に施した堀切の断面がはっきり分かります。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 旗岡八幡神社 (2022/07/02 訪問)

 東急大井町線荏原町駅のすぐ前に館跡とされる旗岡八幡神社と法連寺があります。
暑いこの季節、駅近物件はありがたいです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

おっちゃん

置塩城跡案内図 (2017/12/17 訪問)

現地案内板より抜粋。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 湯殿神社 (2022/07/02 訪問)

 湯殿神社付近が跡地です。池上氏館から歩きましたが、道を間違えてしまい20分以上かかってしまいました。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 本行寺 本門寺 (2022/07/02 訪問)

 「ニッポン城めぐり」さんのHPに「本門寺西側の大坊本行寺付近が館跡であり、土塁が残っている」とい記述がありました。他のサイトでも土塁の記述がありましたが、場所がどこかわかりません。ネット情報ではかなり奥にあるのではないかと思われます。見てみたいとは思いましたが、暑さに負けて探索はしていません。

+ 続きを読む

おっちゃん

船上城跡散策地図 (2017/09/24 訪問)

現地案内板より抜粋。

+ 続きを読む

おっちゃん

摂津滝山城跡案内図 (2017/09/08 訪問)

現地案内板より抜粋。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 熊野神社 (2022/07/02 訪問)

 JR大森駅から徒歩15分くらいで跡地である熊野神社に行くことができます。

熊野神社の下の善慶寺に「新井宿義民六人衆」の墓と案内板がありました。城跡めぐりをしていて、全国的にはメジャーではないその土地のエピソードを知ることがあります。結構、興味あります。

+ 続きを読む

稲毛神社 (2022/07/02 訪問)

京急川崎駅より徒歩10分くらいで、跡地である稲毛神社に行くことができます。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 六郷神社 (2022/07/02 訪問)

六郷神社付近が跡地です。京急六郷土手駅より徒歩10分くらいでしょうか。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 圓頓寺 (2022/07/02 訪問)

 圓頓寺周辺が館跡です。京急蒲田駅から徒歩10分弱で行くことができます。

+ 続きを読む

夏の東京城跡散歩 梶原稲荷神社 (2022/07/02 訪問)

 梶原稲荷神社から来福寺付近が居館跡ということです。京浜急行「立会川駅」から徒歩10分くらいでした。

+ 続きを読む

スティクラ

入口が不気味な鎌刃城 (2022/07/02 訪問)

当初は小谷城を見てまわろうと思ったが、猛暑で断念。
帰路の途中にある続日本100名城の鎌刃城をみつけ、登ってみることに。

駐車場は比較的わかりやすかったが、入口が不気味。
高速の下を通路で野生の動物が田んぼに入ってこないように2重の鉄柵があった。

登りは、急勾配はところはなく、平坦は道もあったため比較的一定のペースで登ることができた。
時間は30~40分くらい。直射日光が当たる場所は少ないの救い。
道中に、管理者の人が備えてくれていた熊除けの鈴があり、鈴+ラジオで熊除け対策。

鎌刃城跡には物見櫓のようなものが2つ作られていて、遠くまで見渡せるまではいかないが、眺めがいい景色を見ることができる。

帰りにスタンプを押して終了。
スタンプの場所は、登山口の駐車場から少し離れたところにあり、資料館の駐車場に駐車。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

スティクラ

頂上からのご来光 (2022/07/02 訪問)

頂上で朝日を見る目的で車で賤ケ岳へ。
夜中で外灯もないなか、なんとか登山口を発見。駐車場は標識はなかったが、それらしい砂利の敷地があったため駐車。
明かりがないため、星がきれい。気温は20℃くらいで登山をするにはいいコンディション。

賤ケ岳の日の出は、4時44分とのことで、3時半前後に余呉湖沿いの飯浦切通し登山口から登山開始。

登山口から頂上までは30分前後。きつい場所はなく難易度は低め。
ただヘッドライトに虫が集まってきたのがきつかった。

頂上に着いた時は明るくなり始めてヘッドライトは不要。
頂上には絵馬があり、記念に書いてみるもの面白いかも。(絵馬は300円だったかな)
賤ケ岳の一番いい場所からは木が邪魔で日の出を見ることはできず。少し動いたところかなんとか見ることができたが、賤ケ岳は日の出を見るには向かない場所だった。

帰ることにはすでに汗ばむくらい蒸し暑く、時間的には夜登るのは正解だったかも。

帰りに大岩山登山口も確認したが、余呉湖観光館の駐車場に車を止めて登山口まで歩く必要があり、時間も3時間くらいかかるようなので、
時間がある程度ある人におすすめ。また賤ケ岳リフトもあり。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

北小弓城 (2022/06/19 訪問)

京成の学園前駅から徒歩で15分くらい。
主郭は小さな公園になっています。
説明板もここにあります。
西側には生実池があり、自然の堀になっていたのでしょうか。
この辺りには遺構はありません。
少し東側に移動すると生実神社があります。
江戸時代に森川陣屋が置かれていました。
神社の脇に空堀が残っています。
さらに東側に行くと大手口の石碑が立っていました。
小弓公方滅亡後に小弓城から移った原氏が居城としました。
名前、ややこしいですね。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

雪と太陽、昭和と令和 (2022/05/05 訪問)

2018年、まさかの積雪で登城できなかった「小牧山城」にリベンジしてきました。
5月5日の子供の日、新緑のきれいな季節です。
続100名城でもある「小牧山城」は信長さんが築城しました。
小牧・長久手の戦いでは、家康さん、織田 信勝さんの本陣にもなりました。
因みに学生の頃、日本史が苦手で『小牧・長久手の戦い』と幕末の『鳥羽・伏見の戦い』がゴッチャになり赤点を取りました。地名が2つ入る戦い、苦手でした。余談です。( ´∀`)
小牧警察署がある方の駐車場を利用しました。まずはスタンプをゲットするために搦手道コースから山頂の模擬天守に向かいました。途中に石垣、と、思ったら裏込石が石垣のように積まれてました。
石垣の、縁の下の力持ちである 裏込石がこれだけあったら、石垣は圧巻だったのだろーと見いってしまいました。
歴史博物館の模擬天守で、展示物や戦いのビデオを見て、最近できた『れきしるこまき』に向かいました。
こちらは、プロジェクションマッピングで「小牧山城」を伝えます。今どきです。たくさんの子供達が遊びながら学んでました。
昭和産まれの私は、ビデオの方が理解できる気がしました。どの世代も学べます。

日差しを避け、麓の土塁側を歩いていると、合瀬川沿いに出ました。天然の要害だったのでしょうか?駐車場まで、「小牧山城」に戻れませんでした。
、、、前回も雪を避けて、ここ歩いてます。

模擬天守から『れきしるこまき』まで、裏込石に気を取られて歩いていると、ジグザグと歩いて市役所の方に出ました。搦手道コースを戻ったつもりだったのに。
、、、どんな世代も、予定通りでなくても楽しめる「小牧山城」です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ965