(続き)
朝食ビュッフェ開始と同時に朝食を摂り、自転車で堀めぐりに出発。外堀にあたる三ノ丸堀は東辺と南辺の西半分が埋め立てられているので、三ノ丸堀の南西隅から時計回りに堀めぐりスタートです。スタート地点には「外堀の散歩道」と題した説明板が立てられ、対岸の三ノ丸の南西隅には三ノ丸櫓台が聳えています。外堀でこれだけのものが見られるのはすごいことですね。
堀沿いに北に進むと凱旋橋が見えてきます。往時は三ノ丸堀の西辺には門は無く、橋も架けられていませんでしたが、日露戦争の翌年に架けられたもののようです(それで凱旋橋なんですね)。凱旋橋を過ぎて北西隅で東に折れると、草深御門の手前に水戸違いが設けられていました(凱旋橋の北側にもあります)。往時からのものかは不明ながら、駿府城最高所の三ノ丸堀南西部と北東部では6mの高低差があるため水位調節が必要となるようです。草深御門は真ん中を広い車道が通って門の形状は失われているものの、それでも両脇に石垣が遺されているのはありがたいことです。そして北東隅で堀は南に折れますが、ここから先は埋め立てられています。
堀跡を南に少し行くと横内御門に至ります。三ノ丸堀の木橋も高麗門も渡櫓門も失われていますが、堀に面した側の石垣だけは遺っており、かろうじて枡形の形状が窺えます。横内御門を入ったところは在番組頭の屋敷跡で説明板が立てられています。横内御門の一角だけ三ノ丸堀が復活するも、その先は南東隅まで堀は見られません。
新静岡駅の西側からまた三ノ丸堀が復活して西に続いています。往時には無かった城代橋を過ぎ、折れを経て進んだところが大手御門です。門の形状はしっかり遺っており、堀を土橋で渡って右に折れたところに渡櫓門があったとのことですが、石垣に囲まれた広大な門内を車道が通っていて、説明板を見るまで枡形だとばかり思っていました。歩道には発掘調査で確認された渡櫓門の礎石跡がタイルの色を変えて表示されています。
県庁前から少し行ったところで堀はまた姿を消し、その先に四足御門があります。大手御門と同様の造りだったようですが、東側の石垣が遺るのみで門の形状は失われています。四足御門からスタート地点の三ノ丸櫓台までの間にも堀は見られませんが、堀沿いに通っていた道路の折れに堀の痕跡が感じられました。
…と、これで三ノ丸堀をひとめぐり。四足御門まで戻って、今度は二ノ丸堀めぐりです(続く)。
+ 続きを読む









