城びとに登録されている越賀城から1kmほど東側。英虞湾の南側の半島の太平洋側にあります。越賀城と同じように、海に突き出す丘を利用しています。城主の青山氏は越賀城の越賀氏とともに志摩において二大勢力であったとのこと。九鬼嘉隆との3年に亘る抵抗の後、九鬼氏に下り、関ヶ原の戦のあと、九鬼氏家臣として、摂津三田に移りました。
和具漁港側から進入する車道があり、上っていくとすぐに、主郭土塁が凹んだ箇所が目につきました。斜面に取り付いて上ると、側面に石垣痕跡が残る虎口でした。主郭は土塁で囲まれています。以前は畑であったのでしょうが、今は、荒れてはいるものの草刈り、伐採され、維持されています。主郭北側部分も比高5~10mの高まりがあり、こちらも城域であったと考えられています。
この日は朝は寒かったものの、昼頃には暖かくなり、ツーリング日和になりました。この後、越賀城、五ケ所城と巡り、最後に、どこか近くの展望台をと探し、日本の夕日百選の磯笛岬展望台に寄りました。
さて、坂本城について。大津市広報に、「大河ドラマの放送に合わせて、7月に歴史博物館で企画展「豊臣秀吉と大津」などを開催するとともに、昨年、光秀が築いた坂本城跡が国史跡に指定されたことを受けて、夏頃には坂本城に関するシンポジウムを開催する予定です」と掲載されました。光秀所縁の西教寺も頑張ってます。
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