広島の続きです。翌日はJRで30分程の呉に行きました。
呉駅の改札口から連絡通路を5分程歩いた所に大和ミュージアムがあります(写真①)。道を挟んだ向かい側には大きな潜水艦が見えます(鉄のクジラ館)。これは海上自衛隊の博物館です。時間に余裕あればこちらも見られる事をオススメします。(写真②)
戦艦大和はこの呉で建造され呉を母港としていました。ここでは映画のセットで使用された実物の1/10(=26m)の大模型や、大和に関するあらゆる資料、零戦や魚雷、36インチ主砲弾、また沖縄特攻で亡くなられた乗組員3,056名の名簿や写真などが展示されています。(写真③④⑤⑥⑦)
現在のミュージアム前の海は、海上自衛隊の最大艦で、大和と同じ大きさ全長260mの護衛空母「加賀」の母港となっており、大和が建造されたドックの横に接岸されていました。また最新のイージス艦や潜水艦なども多数接岸されていました。ミュージアムの横からは軍港クルーズがほぼ毎日運行されており、これらの艦を真近で見る事ができます。(写真⑧⑨⑩)
私は母からよく戦争の体験を聞きました(当時今の中学生の年齢)。旗を持たされて出征兵士を見送った事、学校では授業がなく農家の芋堀りの手伝いをしながら合間に歴代天皇の名前を全部覚えさせられた事、別府湾の沖合いに停泊していたミッドウェイ出撃前日の日本海軍の空母4隻を眺めた事、電車で高崎山の下にさしかかった時に米戦闘機グラマンに機銃掃射されたが弾があたらず運よく助かった事、終戦前は毎晩のように防空壕に隠れた事、大分空襲の後の府内城の周りは焼野原で何も無く食料を求めて歩き回った事・・・などなど。
これら自衛隊の艦が出撃する事のない、平和な世の中が続く事を祈りたいものです。
お城に関係ない話が多く大変すいませんした。
次は輝元の話に戻ります。
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