(続き)
忠臣蔵で知られる吉良邸こと吉良家江戸上屋敷は、元は江戸城外郭の呉服橋内にありましたが、江戸城松の廊下での浅野内匠頭による刃傷事件の後、本所松坂町に屋敷替えになりました。東西132m、南北62m、8400㎡の広大な屋敷でしたが、現在では住宅地になっていて、唯一の遺構とされる井戸を中心とする約98㎡のみが吉良邸跡(本所松坂町公園)として公開されています。
本所松坂町公園はなまこ壁の土塀で囲まれ、公園内には様々な説明板に吉良上野介義央公座像、吉良上野介の首を洗ったとされるみしるし洗いの井戸(遺構)、討ち入りで命を落とした20名の吉良家家臣の石碑などがあり、小さな公園ながら忠臣蔵好きにはなかなか見応えがありました。以前から一度来てみたかったんです。
公園はかつての吉良邸のほんの一部分に過ぎませんが、公園の東側には大石内蔵助ら23名が討ち入った正門跡の説明板が、西側には大石主税ら24名が討ち入った裏門跡の説明板が立てられています。また、裏門近くには米屋五兵衛として店を開いていた前原伊助宅跡の説明板、両国橋東詰には俳人として名高い大高源吾の句碑、旧両国橋東岸の広小路跡には討ち入り後の四十七士が泉岳寺に向かう途中に休息をした地として説明板が設けられています。さすがに本所から高輪まで歩いて行く根性はありませんが、いつか泉岳寺にも行ってみたいものです。
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