上月駅から徒歩10分ちょっとで、上月歴史資料館付近の遊歩道入口(34.977738、134.3246629)に到着しました。
ちなみに本日は土曜日なので、上月歴史資料館(10:00~16:00)は開いていましたが、靴を脱いでの見学だった為、靴下がグショグショの自分は遠慮しました。
築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代末期に上月景盛が大平山に上月城を築いたのが始まりとされるようです。
1441年(嘉元年)4代景家の時、嘉吉の乱が発生し、上月氏の嫡流は滅び、上月城は播磨・備前・美作三国の境界に位置する地理的要素から攻防の的となりました。
1538年(天文7年)に尼子氏に攻略され落城した後、1557年(弘治3年)に赤松一門で「西播磨殿」と呼ばれたと伝わる政元が置塩城から入城。大内氏らとの激しい攻防戦の末、宇喜多直家によって攻め落とされます。
1577年(天正5年)織田信長の部将羽柴秀吉が福原城を攻略して上月城を攻めます。
上月城は赤松政範が籠もり宇喜多直家が救援に駆けつけますが、高倉山に本陣を構えていた羽柴秀吉によって上月城は落城し、政範は自刃して果てた。
その後、尼子勝久が入城しましたが、1578年(天正6年)毛利軍に攻められ、三木城攻めに手を焼いた秀吉軍に見放されてあえなく上月城は落城、尼子氏は滅亡しました。
現在は土塁や石垣、堀切などの遺構が残るほか、本丸に赤松氏の供養塔、麓には尼子氏の供養塔が残されています。
二ノ丸と三ノ丸の間で利神城方面の眺めます。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=三星城を攻城する為、上月駅からJR姫新線で林野駅に向かいました。
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