真壁城の本丸は体育館などの建設により遺構の大半は消失して
いますが、周囲を囲む二の丸の一部(本丸の東)、中城、外郭周辺に
遺構が残っており、今でも発掘調査が行われています。
二の丸周辺の土塁は復元された物のようですが、外曲輪の東端にある
鹿島神社周辺に現存の土塁が残っているようです。
築城は承安2年、常陸大掾多気直幹の四男の六郎長幹が築いたとされ
長幹から真壁氏を名乗ったとされています。
戦国期は弘治2年(1556)結城政勝について小田氏春と戦い、
天正13年(1585)には2300騎を率いて北条氏直と戦っています。
慶長7年(1602)19代房幹の時代、主家の佐竹氏の出羽移封に
伴い角館に移封になりました。
それ以降も浅野氏、稲葉氏が入りましたが寛永5年(1628)
天領になりました。
+ 続きを読む










