何度も若戸大橋を渡ったこともあり、渡船で近くを通ったこともあるが、戸畑図書館前の中ノ島の石を見たことで訪問とした
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2025/12/30 12:16
20171117若松城(福岡県北九州市戸畑区) (2017/11/17 訪問)
何度も若戸大橋を渡ったこともあり、渡船で近くを通ったこともあるが、戸畑図書館前の中ノ島の石を見たことで訪問とした
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2025/05/15 21:33
若戸大橋 (2025/05/04 訪問)
若松城は黒田家の筑前六支城の一つで豊前の細川家に備えるために中ノ島に築かれました。幕末には藩により砲台が設けられますが、明治維新により民間に払下げられ明治10年の洞海湾修築工事の一環で島は削平され姿を消しました。伊能忠敬の計測では外周が約700ほどあったようです。現在若松城のあった場所の上に若戸大橋がかかっているので、上を走って見ました。船での移動に比べると味気ないですが、一応頭上を通過したということで・・。昼ごはんは資さんうどん、夜はとんこつラーメン。福岡と言うとラーメンのイメージがありますが、うどんの店もたくさんあります。個人的には資さんうどんのお世話になることが多いですね。ここで「肉ごぼ天うどん」に海老天を付けてエネルギーを補充してから大三岳城攻略に向かいました。
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2025/01/31 09:27
黒田六端城を行く:(2城目)若松城 (2025/01/24 訪問)
黒田六端城2城目は若松城です。黒田長政は洞海湾の入口にあった中島に、父の官兵衛から仕えた重臣で黒田藩船手頭(水軍頭)の「三宅家義」に3600石を与え築城させました。おそらく細川忠興が海から攻めて来た場合に備えたものと思われます。しかし若松城は、明治時代の洞海湾工事で、石炭を運搬する大型船の航路確保のため島ごと削られ消滅したようです。現在の若戸大橋の橋桁の先(湾の中央)付近、つまり(写真①)の航跡のあたりにあったようです。
JR戸畑駅から徒歩5分の所にある若戸渡船場(戸畑港)の前からまず眺めました。下から見上げた若戸大橋は迫力がありました(写真②③)。そして、船で若松城があった場所の真上を通り若松港へ渡りました。料金はたったの100円です(安い!)。何度でも乗りたくなりますね(笑)。
若松港に上陸し、洞海湾の潮風に吹かれながら、晴れなのにまたもや「もや」がかかる遠くの皿倉山や花尾山を眺めて歩く事10分(写真⑤)、JR若松駅に着きました。この駅は、昔は筑豊炭鉱から掘られた石炭をここまで蒸気機関車で運び、ここで船に乗せ換え全国へ運ぶ、石炭産業時代の重要な駅と港であったようです。駅の歴史を説明するパネルや石炭(黒いダイヤ)が置いてありました(写真⑥⑦)。そしてここから折尾行の電車に乗ろうとしたら何とビックリ! あれ?電車なのにパンタグラフが下りている。よく見ると上に架線がない!(写真⑧⑨)。どうやらこの電車はハイブリットのようです(つまり電化・非電化区間どちらも走れるDENCHA😲!)。
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2024/07/13 19:10
下関あるある「福岡バック」の途中下車で🚉 (2024/06/20 訪問)
東日本や北日本などから下関へ向かう時,ひとまず✈福岡空港へ飛び,地下鉄で博多駅へ。博多駅から下関駅(新下関駅)へ戻って向かうことを「福岡バック」や「北Qバック」などと呼称し,下関あるあるとなっているそうです。
新潟市内からは,新潟空港へ行き✈福岡空港へ。昼前には博多駅ホーム上に立つことができます。
1年前は土砂降りだったので,途中下車しませんでしたが,気になっていたのが若松城でした。にのまるさんの投稿で紹介されていた「戸畑図書館前の記念石」。これを確認して,いざ若戸大橋へ向かえば感慨もひとしおだろうと…。
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| 分類・構造 | 海城 |
|---|---|
| 築城主 | 黒田長政 |
| 築城年 | 慶長6年(1601) |
| 主な城主 | 三宅氏(黒田氏家臣) |
| 廃城年 | 元和元年(1615) |
| 遺構 | 消滅 |
| 住所 | 福岡県北九州市戸畑区中島/若松区(海中埋没) |