黒田六端城2城目は若松城です。黒田長政は洞海湾の入口にあった中島に、父の官兵衛から仕えた重臣で黒田藩船手頭(水軍頭)の「三宅家義」に3600石を与え築城させました。おそらく細川忠興が海から攻めて来た場合に備えたものと思われます。しかし若松城は、明治時代の洞海湾工事で、石炭を運搬する大型船の航路確保のため島ごと削られ消滅したようです。現在の若戸大橋の橋桁の先(湾の中央)付近、つまり(写真①)の航跡のあたりにあったようです。
JR戸畑駅から徒歩5分の所にある若戸渡船場(戸畑港)の前からまず眺めました。下から見上げた若戸大橋は迫力がありました(写真②③)。そして、船で若松城があった場所の真上を通り若松港へ渡りました。料金はたったの100円です(安い!)。何度でも乗りたくなりますね(笑)。
若松港に上陸し、洞海湾の潮風に吹かれながら、晴れなのにまたもや「もや」がかかる遠くの皿倉山や花尾山を眺めて歩く事10分(写真⑤)、JR若松駅に着きました。この駅は、昔は筑豊炭鉱から掘られた石炭をここまで蒸気機関車で運び、ここで船に乗せ換え全国へ運ぶ、石炭産業時代の重要な駅と港であったようです。駅の歴史を説明するパネルや石炭(黒いダイヤ)が置いてありました(写真⑥⑦)。そしてここから折尾行の電車に乗ろうとしたら何とビックリ! あれ?電車なのにパンタグラフが下りている。よく見ると上に架線がない!(写真⑧⑨)。どうやらこの電車はハイブリットのようです(つまり電化・非電化区間どちらも走れるDENCHA😲!)。
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