たかやまじょう

高山城

岐阜県土岐市

別名 : 土岐高山城
旧国名 : 美濃

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

エグ1394

土岐高山城 (2020/06/07 訪問)

緊急事態宣言解除後、初めての城巡りで近場の土岐高山城跡を
訪問しました。見晴らしがよかったです。御城印も購入しました。
土岐高山城は遠山十八支城のひとつに数えられている城です。1556年(弘治2年)、高山伊賀守光俊が亡くなると、武田信玄の命を受けた平井光行が高山へ兵を進め城主となりましたが、その子の平井頼母は織田信長に属しました。そのため、1574年(天正2年)に武田勝頼によって攻められ落城しました。その後は岩村城主・田丸直昌の支城となりましたが、「関ケ原の合戦」にて西軍方となり、東軍の妻木勢によって攻められ落城しています。1615年(元和元年)の一国一城令により廃城となりました。現在、城址には水道貯水池があり、貯水池前に案内板が建てられています。また毎年10月には「高山城戦国合戦まつり」が開催されます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

こーた

JR東海さわやかウォーキングにて (2018/05/04 訪問)

下調べせずとも、皆さんについていけばいいので楽チンでした。この日は土岐高山城戦国武将隊のパフォーマンスを見ることもできました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

大きな看板 (2020/04/04 訪問)

小さいながらもきれいな公園として整備されていました。看板はなかなかの大きさで2つもあります。模擬櫓風の展望台にも登ってみました。心地よい天気で桜も咲き誇っていました。新型コロナウイルス対策でライトアップは中止となっています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

土岐高山城 (2020/03/21 訪問)

【土岐高山城】
<駐車場他>三の丸跡駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>穴弘法
<感想>1泊2日東三河・東美濃御城印取得の旅6城目。城の歴史は説明板にある通り。プラス戦国期には本能寺の変の後、金山城の森長可にも攻められている。地理的に武田・織田・徳川の間にあり戦いの場所になっていたことがわかる。
 城跡は山頂にはなく、山頂は墓地になっている。車で行くと途中山頂の墓地に行く方向を通り過ぎて、山の稜線の端っこあたりに城がある。三の丸跡が広場になっていて駐車できます。主郭を含む楕円形の三つの郭が主にあり、簡単な構造となっている。主郭跡には模擬門・模擬櫓と東屋、奥に井戸跡や祠がある。主郭は金網で囲っているので少し雰囲気を疎外している。堀切も埋められてしまっていて、これといったいい遺構はとくに見受けられないが、綺麗に整備された城跡です。
 穴弘法は城跡から東方向200㍍ほど下ったところにあります。現地の説明板によると、戦国時代にこの地で命を落とした人々の霊を弔うために元禄年間に開創された寺の跡だそうです。その後荒れ果てていたのを明治時代に地元の人々によって再興しました。岩肌に穴を掘って石仏を納めていますが、当時は武将のお墓があったようです。度々攻められる憂き目にあった城、今見せていただいている者としてお参りさせてもらいました。印象に残る場所です。今回は穴弘法も含めての満足度といたします。

<満足度>◆◆◇

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 高山秀頼?
築城年 延元3年〔南朝〕/暦応元年〔北朝〕(1338)
主な改修者 平井頼母
主な城主 高山氏、平井氏
遺構 曲輪
指定文化財 市史跡(高山城跡)
再建造物 城郭風建築物(模擬櫓)、模擬門、石碑、説明板
住所 岐阜県土岐市土岐津町高山454-1
問い合わせ先 土岐市観光協会
問い合わせ先電話番号 0572-54-1111