いまじょう

今城

岐阜県可児市


旧国名 : 美濃

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本丸
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T-Shionoya

「山城に行こう!」で知った今城へ (2025/12/07 訪問)

昨年11月の可児市のイベント「山城に行こう!」で知り、12月に訪れた岐阜県可児市の今城。

可児盆地南の丘陵地帯、今川が流れる谷底平野の奥部において、北へ伸びた比高約15mの小さな丘の先端に築かれた城。

1500年代前・中期に地元の土豪である小池家継が築いたと伝わり、織田信長の美濃平定期には織田方に従属。本能寺の変の後、小池氏は帰農したようだが、城の構造から小牧長久手の戦いの頃に改修されたとの説もある。

現在は枡形虎口などが立入禁止であるものの、本丸・二の丸・三の丸に土の遺構が残る整備された城跡。

実際に訪れると、案内図の大手門からの入城となるが、パンフレットの復元図では枡形虎口が大手、二の丸の虎口は曲輪の北側に描かれている。
小さな城ではあるが、立派な本丸土塁や複数設置された堀により、要塞感は極めて濃密。

滞在時間約1時間の今城が、私の城郭巡りの218城目となりました。

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十郎

こじんまりしてるが整備が素晴らしい (2025/11/23 訪問)

曲輪、切岸、空堀としっかり整備されていて見学しやすい。
地元の方のお城愛が感じられます。

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ぴーかる

今城 (2024/12/28 訪問)

【今城】
<駐車場他>今公民館に駐車できます。
<交通手段>車

<見所>曲輪・横堀・切岸
<感想>日帰り小里城攻め旅6城目。現地案内板によると今城の築城は天文年間(1532~1555年)にこの地の豪族である小池家継が築城したとされます。1562年に中濃を平定した織田信長は森可成を金山城主として東濃支配の旗頭としました。小池氏もこれに従い織田傘下
に入ります。本能寺の変で信長が討たれると東濃の武将たちと小池氏も反旗を翻しますが、森長可によって鎮圧されます。小池氏は今城の立ち退きを要求され帰農したといわれています。
 城跡は南北に伸びた丘陵地の先端に築造されて比高はあまりなく丘城といった感じです。主郭はあまり広くなく、西面以外は土塁で囲んでいます。南北に虎口を設けて空堀で仕切っています。主郭西側は下段の3郭との切岸が高く見応えがあります。こぢんまりとした城跡ですが大変よく整備されていて遺構の輪郭がはっきり分かるいい城跡でした。

<満足度>◆◆◇

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しんちゃん

山城へ行こう2024で登城 (2024/12/07 訪問)

今城は小規模な平山城でありながら、枡形虎口や堀切、土塁、切岸、竪堀と山城に必要な遺構をすべて備えた城として評価の高い城です。地元の方々が整備に積極的に携わってくれているので、訪れやすいところも魅力の一つです。
香川先生の訃報は非常に残念ですが、残された人たちが香川先生の分まで、城址保全や城ブームの盛り上がりを支えていくことが重要だと思います。微力ながら自分にも何が出来るのか改めて考えてみたいと思います。・・「お城かるた」を購入することもその一環になるのかな? どうなんだろう?

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 小池家継
築城年 天文年間(1532〜1555)
主な城主 小池家継
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
再建造物 石碑
住所 岐阜県可児市今
問い合わせ先 可児市文化財課
問い合わせ先電話番号 0574-62-1111