みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

しんちゃん

熊野水軍・紀伊安宅氏の居館 (2025/03/30 訪問)

投降されている記事を見ると、山城ばっかりなので正直これで良いのか迷った。皆さんがんばってるなあ(八幡は行った)。
熊野水軍紀伊安宅氏の居館で、周囲には詰め城である八幡山城や支城がたくさんあります。この日のメインは赤松城だったので、体力を消費したくなかったので本城と八幡山城のみに留めています。以前からここは攻略したかった城の一つです。あとは手取城とリピートで湯浅城に行きたいですね。周囲は宅地でいつのものか解らない石垣があります。地形的に雰囲気は感じますが。

最近、4WDの購入を考えています。親切でアドバイスしてくれているのは解るけど、あそこまで書かれると正直つらい・・。対向車のことまで言われると・・お互いすれ違いポイントはチェックしてるので時にはバックしてやりすごします。本当に狭い道だと軽自動車同志でもすれ違いは不可ですわ。
基本無茶はしないようにしてるけど、途中から道がガラッとかわったりします。しょうがないからそのまま行く場合もあるんだな。以前乗っていたイストは今の車と同じ車幅だったけど、どんな道でもスイスイ行けました。車重とか馬力の比率の違いですね。
予備のセカンドカーに欲しいけど、駐車場とか自動車税とか・・母が免許返納したら購入もありかな・・。
車で城めぐりしている人達は、その人達なりの苦労もあります。でもできるだけ無茶をしないように努力しよう。
俺にぴーかるさんみたいな頑丈な膝があれば、きっつい山城をどんどんハシゴできるんだけどな~、車もヒザも無茶させてゴメンナサイ(ありがとう)。せっかくいただいたアドバイスだ、ありがたく有効に活用させていただきます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

chiroru

「赤」文字見てくださいね (2025/03/14 訪問)

ここに行くんだと決めたら、忠臣蔵関係のドラマを見たり、本を読んで予習したりして期待を膨らませていました。

JRの赤穂駅からお城までの道は「松並木」で松の廊下を思わせる街づくり、至るところに忠臣蔵です。

天守台から本丸門方向にある山には「赤」文字お目見えします!ぜひとも見てほしいです。

大手門そばの売店では赤穂のお和菓子「塩味饅頭」売ってます。

+ 続きを読む

茶うさ

何度も行きたくなる (2025/03/28 訪問)

念願の名古屋城
半日以上かけてじっくり見てきました。
名古屋おもてなし武将隊の名古屋城ツアーに参加
清正さまの城壁のお話がとても面白かったです
本丸御殿についても少しお話してくれて
その後に本丸御殿を見に行ったので
色々参考になりました

+ 続きを読む

しんちゃん

もちっと詳しく (2025/03/30 訪問)

この城はけっこう大変だった記憶があります。登城道が綺麗に整備さえていれば、それほど苦も無く登れるだろうけど、残念ながら藪が各所を遮っています。藪を迂回した場合、踏みしろが頼りですが、これが複数ある箇所があり、間違った方に行くとヤバいことに。
あと尾根が複数あるので、普通に進んでいても別の方向に行ってしまうことがあります。スマホに地形図を読めるアプリがないと危ないです。圏外になると戻るのが大変なので、できれば「人工衛星みちびき」とリンクしているアプリが望ましいです。

頼りは古城盛衰記さんの登城ルートですが瀧法寺から続く道は途中酷い藪に追われています。こんな藪を相手にしていても仕方が無いので私は直接山に入って行きましたが、最初の道を逆手に北側に向かい、岩の転がっている緩い斜面を進むと比較的楽に尾根に取りつけるのではないかと思います。私は帰りはこのルートで降りましたが、最初から地形図を読みながらの攻城になるので、ご自身が攻めやすいルートで行かれると良いと思います。

しばらく行くとフェンスに突き当たるのですが特段越える必要も無く、そのまま習って進みます。この辺りは藪も少なく比較的歩きやすいですが、その先の道が分かれるあたりの藪がきつく尾根上を進むのが困難になります。踏みしろに従って尾根の下を進みますが、この周辺は斜面が急で、むき出しの岩もあったりするので、進むべき道を慎重に選ぶ必要があります。
行きはそれほどでもなかったのですが、帰りはなかなか難儀し、結局よじ登りました。城址からの帰り道も別尾根に行き、途中引き返したのですが周辺に大量の熊のフンがありました。なかなかこれだけまとまっていることはないので、餌場が近くに有ったのではないかと思います。正直、20~30くらいの城で見ているので、慣れて来てしまった感がありますが、最近攻めた城では8割がたあったような気がします(未開の城の場合ですが)。
まあこちらから、彼らのテリトリーに入っているので文句は言えませんが、熊対策の装備もしっかりしておかないと。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

青山城 (2025/02/16 訪問)

【青山城】
<駐車場他>仙元山みはらしの丘公園
<交通手段>車

<見所>堀切・虎口石積み跡
<感想>1泊2日埼玉大阪化計画第3弾2日目、4城目。現地説明板によると、江戸時代に書かれた「関八州古戦録」には1563年に「松山城には上田安楽齋、同朝広を還住なさしめ青山・腰越の両砦とともに堅固に相守らせ」とあり武蔵松山城の支城であったと伝えられています。
 先達の方の情報を頼りに上記公園に駐車し城跡に向かいました。公園から城跡までは距離は長いですが比較的平坦な遊歩道となっており簡単に城跡手前までたどり着くことができます。城跡前から急な切岸になっていて、ここからが城跡だとすぐ分かります。切岸を登ると大堀切があります。大堀切を越えると3郭、主郭、南に折れて2郭とあります。各郭は堀切で仕切られています。主郭は長方形でコの字状に土居で囲まれています。南側の虎口跡には大きめの礫石があり石積み虎口だったことが分かります。主郭と2郭の東側下段に武者走り的な帯曲輪が平行して通っています。公園からも山の中を結構な距離を歩くので山深い中の小さな城跡ですが、しっかりとした遺構が残っていました。戻り道で途中の仙元山と庚申と浅間社跡に寄りました。おいでなせえ小川町駅前店に御城印販売しています。

<満足度>◆◆◇

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

朝田 辰兵衛

なぜここが未投稿だったのだろう…❓ (2025/04/13 訪問)

比較的アクセスしやすいし,雀館公園になっています。「なぜここが未投稿だったのだろう…❓」と,今でも疑問に思っております。
気になったのは,公園のパネルや「雀館」をあらわす碑などの建造物がないこと。実際に訪れた方もいたのかもしれませんが,本当にここでよかったのか,自信がもてなかったのかもしれません。
最高所がおそらく主郭曲輪。その下に帯曲輪。主郭の法面は,後世のものと思われる石垣補強がされております。帯曲輪には,この地を愛した三上隆彦画伯の筆塚や庭園があり,主郭の中心には「湯殿山」碑が建てられております。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

首里城公園

【開催情報】首里城公園GW体験イベント2025

5月3日(土)から5月5日(月)までの3日間
首里城公園(沖縄県那覇市)において「ゴールデンウィーク体験イベント2025」を開催します!

沖縄の伝統工芸である「紅型(びんがた)染め」や「金細工(カンゼーク)」体験の他
漆喰や琉球張り子の絵付け体験、園内周遊型の謎解きゲームなど多数のプログラムをご用意して皆さまをお待ちしております。

また、2026年秋の完成を目指して、首里城正殿(せいでん)の復元工事が進んでいますが
その様子を間近で見られる特別な見学エリア(素屋根)の一般公開が、まもなく終了します🥺(6月初旬まで)
首里城の屋根と同じ高さから工事の様子を見られる貴重な機会ですのでぜひお越しください!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

桜を求めて浜松城へ (2025/04/05 訪問)

 遠州路桜と城廻り2日目の最初に浜松城へ、二の丸北の大型専用駐車場は何時もは使用して無いエリアも開放しても9時前には満車一歩手前状態。90分は無料です。
 浜松城公園さくらまつりが3月20日~4月6日まで屋台やキッチンカーが南広場、スポーツ広場、駐車場の一角に出店して居ました。

 一応ビューポイントを廻って撮影、先の冷え込みも有って桜は満開状態を保っていました、桜吹雪も奇麗、花見は天守曲輪西下の西城端曲輪の桜が沢山植わってる場所で行われて朝から場所取り、二の丸、日本庭園、天守曲輪、本丸、南広場、スポーツ広場と廻りました。
 毎年ですが1回は見て置かなくては浜松在住の務めかも⁈

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

日帰りに予定変更の三河攻城② 主郭・腰曲輪・物見曲輪・堀切 (2025/04/12 訪問)

主郭は二の曲輪に隣接していて、高低差も殆どなく、一体化している感じも受けます。城址碑が建つ主郭からは眺望が開けています。二の曲輪に戻って羽栗口に下っていくと遊歩道から腰曲輪が伸びています。主郭を三重に取り巻いていて、デニッシュロールのようなイメージです。堀切も複数、切られていて一番下の堀切はかなり規模の大きなものでした。

朝田辰兵衛さんへ 鋸崎台場の遠望案、ありがとうございます。どのような手を取ることになるのかわかりませんが、いつかチャレンジしてみたいなあと思います。内沼蝦夷館は、できたらツアーに参加したいのですが、2022年以降実施されておらず、今年も実施されそうにありません。気長に待ちたいと思います。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

内場城 香川県高松市 (2025/03/22 訪問)

城びと未登録城です。
以前から行ってみたいと思っていましたが情報が少なく躊躇していました。
城友さんから最近整備が進んでいるとの情報を頂き、登城を決めました。

内場一族の碑のあるところから少し登ったところに登城口があります。
登城口からはひたすら西に進みます。
登城路以外は私有地なので立入禁止となっていました。
ピンクリボンも付いているので迷うことも無いと思います。

ひたすら尾根道を進みます。
途中堀切の跡もありますが薄い、埋まっています。
主郭には三角点があり、東側の腰郭に降りると内場ダムの水面がキラキラ。
讃岐山地の山波も綺麗です。

北側に尾根が伸びているので進んでみました。
やや道が分かりにくいですがこれまでの経験値と縄張図で細尾根に。
人ひとりしか通れない細尾根部分もあります。

少し小高くなった曲輪の先は二股に分かれて尾根が続いています
まずは北西側へ。
尾根上に幾つかの曲輪が置いてあります。
引き返し北東側へ、北西の尾根より長く続いています。

平安時代から室町時代にかけて藤澤氏や川田氏が居城としたそうですが詳細は不明。
戦国時代に長宗我部氏の攻撃により落城したと言われています。

堀切などの遺構は薄くなっていますが広いエリアに尾根が展開、歩くのが気持ちいい城でした。

【見どころ】
 ・尾根道
 ・ところどころにある薄い堀切
 ・内場ダムを見下ろす眺望

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

三浦の晃ちゃん

(2025/04/15 訪問)

城と桜って、お似合いですね。満開でした。

+ 続きを読む

しんちゃん

羽柴軍に抵抗するものの (2025/03/30 訪問)

亀山城は戦国時代、有田・日高・牟婁郡主要部を支配した湯川一族の本城であったと現地の石碑に記載があります。頂部に土塁を備えた主郭が有り1mほどの高低差をもって二段になっていました。
周囲に多数の腰郭や帯郭があるようですが、草に覆われていて良く見えません。城址は亀山山頂にあり、一応林道が付いていますが、車を空きスペースに停め、歩いて登ります。
天正13年(1585)の羽柴秀吉の紀州攻めの際、城主・湯川直春は秀吉に対し抗戦の意志を示すものの、娘婿の玉置直和は秀吉に恭順し、直春は200余騎にて直和の居城である手取城を焼き払いました。
その後、羽柴方の大軍に攻められ、直春は城に火をかけ退去し、その後も羽柴方と争いを続けました。最終的には両者は和解するものの直春は大和郡山城で死去し、一説には毒殺されたという説があるようです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

水門と石垣 (2025/03/30 訪問)

田辺城は慶長11年(1606)に和歌山藩主・浅野幸長の家臣・浅野知近によって築かれました。紀州徳川家が転封されてからは、付家老の安藤直次が入り以後、明治維新まで安藤氏が城主を務めています。
現在は水門と石垣の一部のみが残り、周辺は小公園のようになっています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

桜はまちまちだったけど。 (2025/03/29 訪問)

和歌山県の城攻めに向かう途中、新宮城に寄って来ました。山桜は葉桜、ソメイはまだ早いと言った感じで、ちょっとちぐはぐな感じでしたが、これはこれで良し。紀州徳川家の重臣・水野氏の城で切込接ぎの石垣はいつ見ても見事です。目の前には熊野川が広がり、城址からの眺めは格別です。

todo94さん・鋸崎台場ですが、遠望の写真が満足のいくものが撮れなかった場合は、同じ小浜藩台場跡の川崎台場の写真もいっしょに登録されてはいかがでしょうか。国の史跡の松ヶ瀬台場・鋸崎台場に比べると少し落ちる感じですが、代替の城としては手頃なのではないかと思います。久須夜ヶ岳展望台なら二輪駆動でもいけますが、これだとさすがに遠すぎる。
現状では朝田さんの案が一番台場を遠望するのには良さそうです。2kmなら性能の良いカメラならなんとか形状を把握できるかな?
良い写真が取れれば、代替の城の写真の必要もないですね。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

朝田 辰兵衛

すでに秋田市内とは思えません… (2025/04/13 訪問)

標高は200m弱なのですが,かなり登った感覚に包まれます。山頂の三角点より200m手前のエリアが小友館となります。いちおう,三角点には土盛りがされていましたが,土塁とはいえない雰囲気でした。
個人的にはバラ科の植物がキライです。越後のほうのレポートでも何度か書きましたが…。小友館はバラ科植物群生地でした…<泣>。取れ高が少ないのは,そのせいもある気がします。
なので,画像のラストに秋田みやげとして,前回に続いてリピート購入してしまった「秋田犬のふん」の画像を入れておきます。

todo94さんへ…
鋸崎台場ですが,「大飯原発PR館から眺望できないか❓」。これが第1案。
「東側対岸,標高244.9mの山頂部より遠望できないか❓」が第2案。急斜面の崖下エリアに「内外海鉱山」があります。ここからは見えそうな気がしますが,崖を下りるのは危険と思います。直線距離で約2㎞強。ストリートビューで確認すると,山頂手前までは(悪路ですが)車で行けそうです。4WD必須。
西側の方角からは眺望できそうなところはなさそうです。
机上検討は以上となりますが,みなさんの意見も伺いたいと思います。
土佐泊城,内沼蝦夷館,大開城,坂手村砲台は,現状これでよしと思います。もしかすると,内沼蝦夷館はアップデートされる方が現れるかもしれませんが…。
いかがでしょうか…❓

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

駿府城

駿府城の新たな魅力創出へー建築デザインアイデアコンペ表彰式開催―

3月26日(水)、「駿府城跡天守台野外展示ガイダンス施設」の建築デザインをテーマとしたアイデアコンペティションの表彰式が、静岡市役所静岡庁舎にて開催されました。
本コンペは、静岡市が現在進めている「駿府城跡天守台野外展示ガイダンス施設」の整備にあたり、県内で建築やデザインを学ぶ学生を対象に、建築デザインに関するユニークなアイデアを募集したものです。
2月から約1ヶ月間にわたり作品を募集し、9点の力作が寄せられました。厳正なる審査の結果、静岡理工科大大学院理工学研究科1年の中園雅也さんの作品が最優秀賞に選ばれました。中園さんの作品は、駿府城の城下町の町割りから着想を得たもので、「せり」と呼ばれる住居間の共有スペースを緑地に置き換えることで、屋外・屋内の利用者が自由に活用できる設計となっています。
このコンペ結果の作品をそのまま建築するわけではありませんが、デザインなどを参考にしながらガイダンス施設の建築を令和8年度に行います。

駿府城跡天守台では、平成28年から発掘調査が行われ、徳川家康が築いた2つの時代の天守台が発見されており、この貴重な遺構を広く公開するため、令和7年度から令和8年度にかけて環境整備を実施する計画です。
歴史と現在が融合した新たな空間の創出向け、今後も取り組みを進めてまいります。

+ 続きを読む

しんちゃん

こちらこそです。

todo94さん。こちらこそお心遣いありがとうございます。
いろいろとお気を使わせてしまって申し訳ありません。
せっかくのご旅行なので、ゆっくりとお楽しみいただければと、いらぬお節介をやいてしまいました。
青森の大間のマグロを食べた時の感動は忘れられません。さすがに大間は予定に入っていませんよね。
せっかくだから未踏の城も取っていただければと思います。

ちなみに私も別にそこまで一番槍だけにこだわっているわけではありませんよ。他にもいろいろ回っています。近畿最後の一城も誰が取るか楽しみに見ています。けがないように、けがないように‥‥‥‥‥

+ 続きを読む

赤い城

泊古城・高階氏館・塩飽勤番所 香川県丸亀市 (2025/03/20 訪問)

この日の目的だった笠島城周辺のレポートです。
本島港からすぐのところに大坂城の石垣を切り出した石切丁場の刻印石です。
小豆島のものが有名ですが本島からも切り出していました。
知らなかった・・・

次に向かったのが泊古城、城主は宮本氏ですが詳細は不明です。
天理教の施設への道の脇の小道を進むと民家(廃屋)があり、その先の竹藪が城跡のようです。

この後笠島城に向かいます。
笠島城を降りたところに専称寺があります。
鎌倉時代に浄土宗開祖の法然がここに流刑となった際に受け入れたのが高階氏です。
その居館があったとされています。

このエリアには町並み保存地区があります。
江戸から戦前の名残をとどめる町並として国の重要伝統的建物群保存地区の選定を受けています。
町並の道路はT字方や湾曲、食い違いT字になっているなど見通しが利かないようになっていました。

フェリーの時間もあったので町並の散策を切り上げ、塩飽勤番所へ。
入場料は200円、領地所有の朱印状を保管していた施設です。
塩飽諸島は瀬戸内海交通の要所でもあり、信長、秀吉、家康などの朱印状の他、歴史的な資料が展示されていました。
駆け足での本島散策でしたが知らない事が沢山あり、満足できました。

【見どころ】
 ・笠島の町並
 ・塩飽勤番所
 ・高無坊山石切丁場の刻印石

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

日帰りに予定変更の三河攻城② 舞木口より二の曲輪迄 (2025/04/12 訪問)

箱柳城からの転戦です。圧倒的な存在感とクオリティを示す100名城の山中城に比べるのは酷というものですが、それでも、こちらの山中城もなかなか大したものです。羽栗病院近くの専用駐車場に車をとめ、舞木口から登城しました。遊歩道が整備されていて曲輪の表示もしっかりしていて非常に散策しやすい城ですが、手が入りすぎていないところが凄く好感が持てました。とりあえず、登城口から北東尾根曲輪、東郭を経て二の郭迄の写真を投稿いたします。

しんちゃんさんへ お気遣いさせてしまって申し訳ありません。自分は一番槍には執着していないのでどなたが先に攻城されようとも全く問題ありません。このゴールデンウイーク前半に宮城県に行こうと思ったのは、多賀城復元南門・多賀城跡ガイダンス施設がオープンするというのが大きな理由です。半年前には東横インを予約してあって、周辺の城攻めのルートも考えてあってその中にたまたま、宮城県の未投稿物件が入っていただけなのです。昨年、国宝に指定されたばかりの多賀城碑もまた見ておきたくて。

朝田辰兵衛さん 青森愛だけでなくて実は蝦夷愛なんですよね。高橋克彦の「火怨」に非常に感銘を受けて彼の著作を読み漁り、蝦夷フリークとなってしまいました。ちなみにアイヌも好きなのでゴールデンカムイにもはまりました。多賀城は蝦夷にとっては敵地なのですが、しっかりと見てきたいと思います。

城びと全物件の投稿といっても、遠望だけ(土佐泊城、内沼蝦夷館)、説明板だけ(大開城)の投稿も自分は結構やっています。城の中心部に入ることが困難な坂手村砲台なども投稿させていただきました。こんな投稿でも未投稿クリアと考えて良いですよね。それでも原発奥地に立地する鋸崎台場に投稿するには、どんな知恵を絞らなくてはならないのか、それはそれで楽しんでしまえばよいと思っています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

見守ることにしました。 (2024/09/17 訪問)

朝田さんも私も、城びとのことを思ってのことだと考えたので、私は中立の立場で見守ることにしました。朝田さん、私もパーティー出るんで宜しくお願いします(城びと主催ですよね)。
実は皆さんも私も怪我がないようにと伊勢神宮にはお願いしてあります(外宮とばし)。ただし「みなさんも私もけがないよう」と三回唱えたので、ひょっとしたら毛が抜けてくるかもしれません。私も今朝三本抜けました(ハゲちゃう?)
会津若松城は見所も多いし、写真も多い。どれをのせようか迷います。表門の近くには上杉謙信公仮廟所跡があります。ここに居たのね。
名曲「荒城の月」の作詞家、土井晩翠氏ともゆかりがあり、城内には荒城の月碑が立っています。今の整備された姿からは想像も出来ないけど昔は荒れていたのね。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ60