あかまつじょう

赤松城

和歌山県日高郡

別名 : 赤松山城
旧国名 : 紀伊

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東尾根の腰曲輪
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イオ

連戦連勝!! (2026/03/15 訪問)

詳細は不明ながら、鎌倉末期に赤松円心が築いたと伝わり、中芳養八幡社の楠本氏と赤松城主の赤松氏との間で縁組が繰り返されていたとする史料もあるようです。

苗代川池ルートで登城しようとするも、小川沿いで脱輪しそうになり這う這うの体で逃げ帰ってから2年あまり。この間、しんちゃんさんがおたき瀧法寺から登城されましたが、過酷なルートのようなので、やはり苗代川池ルートで再挑戦しようと思っていたところに、あ さんから苗代川池ルートでの詳細な投稿があり、そのご案内に従って登城しました。

平須賀城での予想外の大勝利に気を良くして苗代川池への細道へ。この前にも途中までは行ってるんだから余裕 余裕と思っていましたが、路上には礫がごろごろしている上にやっぱり道幅が狭い…。脱輪の恐怖に襲われながらそろそろと車を走らせて、この前に転回した箇所(あ さんご案内の駐車スペース)から登城開始。少し戻って分岐を右に進み、苗代川池東岸の林道を北へ。林道は土砂や落葉が堆積してひどい状態ですが、歩いて行く分にはさほど支障ありません。そして壊れた砂防ダムからの分岐では「①谷を行く」を選択。国土地理院地図の道だけあって随所に案内表示があり迷うことはないものの、ご案内にあるとおり最後は壁のような急斜面を直登することになりました。尾根筋に出れば、あとは尾根沿いに北に進むだけ。だらだらと距離があるのと、ところどころにシダの藪はあるにせよ、分岐は全くないので道に迷う心配はありません。そして最後に少し登ったところで赤松城に到達。

東尾根の二つの腰曲輪を抜けて最高所の主郭へ。楕円形の主郭は意外に広さがあり、北寄りに謎の窪み、北端に土塁が見られます。土塁は西側に竪土塁状に落ち、竪土塁をたどって下りた先には腰曲輪が設けられていました。腰曲輪の下方では竪堀が西尾根からの侵入を阻んでいます。主郭の北下には北曲輪が広がり、主郭の切岸はなかなかの高さと角度があります。北曲輪の西下段には三つの大きな窪みがあり、城郭遺構とも後世の土取りによる改変とも云われます。北曲輪東端では竪堀が北尾根と東尾根を隔てていました。北曲輪から北へは幅広く平坦な北尾根が続いていますが、特に北への備えは見られません。最後に主郭南下の南曲輪に回って赤松城をひとめぐり。南曲輪は主郭や北曲輪よりも藪化していました。

…ということで、無事に赤松城を攻略。道幅が狭い上に歩く距離も長いとはいえ、おたき瀧法寺よりも苗代川池ルートのほうが無難かと思われます。もっとも、そこまでしてでも行くべき城なのかと問われると返答に窮してしまいますが(笑) ともあれ、これで平須賀城とあわせて連戦連勝、2年越しでのリベンジを果たすことができました。あ さん、本当にありがとうございました。
 

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二番槍 (2026/03/08 訪問)

 イオさんが南側尾根道の麓までの激細道で脱輪しそうになり撤収したあと、しんちゃんさんが北側から一番槍をつけました。今回は、軽自動車にてイオさんと同じく南側からアプローチしました。尾根道に上がってしまえば、ところどころシダをかき分けながらも特に支障なく赤松城にたどり着けます。問題は、どう尾根道に上がるかです。
 まず、尾根道に上がろうとするまでの道のりを説明しておきます。苗代川池の出口に至る細い道を写真7のところまで行きます。数十mほど過ぎるとUターン・駐車スペースがあります。写真7の右側の道を行くと、突き当りに、壊れた砂防ダムがあります。ここから、チョイスは三つあります。①谷を行く(国土地理院地図の道)、②尾根を行く(ヤマレコ先人)③林道を行く。砂防ダムを渡り、その延長で谷を行くと、最後に谷頭を上ることになりますが、激しく直登することになります。砂防ダムを渡り、右にずれて尾根を上っていく方がよいです。鹿と目があいました。砂防ダムから左手を見るともう一つの砂防ダムがあり、その上を渡ると先に林道があります。写真10のように土砂崩落個所がありますが、歩いていくぶんには支障ありません。じつは、1週間前に城域まであと15分くらいのところまでいったのですが、日没が近づき撤収しての再チャレンジでした。
 たどりついた主郭は結構広いです。主郭を中心に南北に尾根があり、郭が配置されています。土塁やスロープ状の土橋を見ることができます。石垣の痕跡が見られます。赤松城の「赤松」は、播磨の赤松氏(室町幕府四職)が紀州の一揆鎮圧を命じられ、築城したことが由来なのですと。

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しんちゃん

空想の世界 (2025/03/30 訪問)

本日9月10日は(9・10)くーそー=空想の日です。そういうことにしておきましょう。くーそーは頭のこやしです(ナ〇コ)。

そんなわけで推定・森の熊さんの「うんコ」特集です。
春先から未訪の城をけっこう廻りましたが、さすがにこのタイミングで残っている城は辺鄙な場所が多く、熊のふんを随分見てきました。
で・・思ったのだけど春先の(たぶん)若いクマはしばらく同じ場所にとどまり、同じ場所にまとめてふんをする傾向があるようです。
和歌山の赤松城では少し道から外れた場所にありました。ちょっとカピカピになってるので既に遠くへ行っていると思うので・・大丈夫ですぞ!
富山でも見ましたが人里のすぐ近くでした。けっこう生息域が人里に近くなってるなと思ったら、今年は各所で熊がフィーバー状態です。特に東北はやばいですね、駆除に向かうハンターも民間人だし、被害も危険も責任もすべて民間人持ちですか?
島根でも結構見てます、ニアミスもあったと思いますよ。いやあ・・無事に帰れてよかったにゃ。

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しんちゃん

もちっと詳しく (2025/03/30 訪問)

この城はけっこう大変だった記憶があります。登城道が綺麗に整備さえていれば、それほど苦も無く登れるだろうけど、残念ながら藪が各所を遮っています。藪を迂回した場合、踏みしろが頼りですが、これが複数ある箇所があり、間違った方に行くとヤバいことに。
あと尾根が複数あるので、普通に進んでいても別の方向に行ってしまうことがあります。スマホに地形図を読めるアプリがないと危ないです。圏外になると戻るのが大変なので、できれば「人工衛星みちびき」とリンクしているアプリが望ましいです。

頼りは古城盛衰記さんの登城ルートですが瀧法寺から続く道は途中酷い藪に追われています。こんな藪を相手にしていても仕方が無いので私は直接山に入って行きましたが、最初の道を逆手に北側に向かい、岩の転がっている緩い斜面を進むと比較的楽に尾根に取りつけるのではないかと思います。私は帰りはこのルートで降りましたが、最初から地形図を読みながらの攻城になるので、ご自身が攻めやすいルートで行かれると良いと思います。

しばらく行くとフェンスに突き当たるのですが特段越える必要も無く、そのまま習って進みます。この辺りは藪も少なく比較的歩きやすいですが、その先の道が分かれるあたりの藪がきつく尾根上を進むのが困難になります。踏みしろに従って尾根の下を進みますが、この周辺は斜面が急で、むき出しの岩もあったりするので、進むべき道を慎重に選ぶ必要があります。
行きはそれほどでもなかったのですが、帰りはなかなか難儀し、結局よじ登りました。城址からの帰り道も別尾根に行き、途中引き返したのですが周辺に大量の熊のフンがありました。なかなかこれだけまとまっていることはないので、餌場が近くに有ったのではないかと思います。正直、20~30くらいの城で見ているので、慣れて来てしまった感がありますが、最近攻めた城では8割がたあったような気がします(未開の城の場合ですが)。
まあこちらから、彼らのテリトリーに入っているので文句は言えませんが、熊対策の装備もしっかりしておかないと。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 赤松則村
築城年 鎌倉時代
主な城主 赤松氏
遺構 曲輪、石垣、堀切
住所 和歌山県日高郡印南町印南