日本の南端のその中でも南の開聞岳の見える地域にネームバリューもさほど無い頴娃氏が築城した頴娃城が有ります。城ひとにも登録されて数名の先輩が投稿もされている城跡です。別名は獅子城と言い長らく頴娃城と獅子城は別の城と言われていたそうで「体系」では別の城と案内もされています。過去の謎は解決して今で同じ城だと認識しているみたいです。
5年前に訪問しましたが高低差の少ない連郭式でだいぶ大人しい城です。そして主郭には獅子城の石碑が残っています。
その近くに猫城がある事は以前から知ってはいましたが行く機会は有りませんでした。ひとつ目当ての城跡を見つけたのでそちらの訪問と合わせて猫城に行きました。事前に調べてみると築城者は頴娃氏とあります。「頴娃氏って頴娃城だよね、アレっ頴娃城って獅子城じゃないっけ」「獅子と猫?さては頴娃氏は動物好きか?」
すみません、今回は単に築城者が同じで城名が動物つながりなだけの投稿です。
猫城は標高100m地点に直径15m程度の一段高い円型を主郭とし、主郭には360°帯曲輪を配置しています。当初石碑のある場所を主郭と思っていましたが歩き回りながら縄張りを考えてみるとしっくりきませんでした。そこで一旦引き返して再度探していくと主郭に行き着きました。石碑の場所は城域の北側で物見の役目があったと思われる場所でした。その地点から北側に付け尾根がが有ったので進んで行きました。きっと堀切が有って城域は終了と考えていましたが堀切は無い。代わりに写真7の様に垂直岩が堀切の代用となっているようです。
全体的に自然石が多く石積が多く見られます、と同時に植林に伴う耕作も多いので大半は後年の石積でしょう。植林が杉の木から広葉樹に変わった辺りが曲輪跡かと思いますがそう広くは有りません。石積写真は現地で考えるに当時の物だと思われました。
こちらは不思議な事に堀切や自信をもって答えられる空堀等一切ありません。頴娃城は空堀が多いのにちょっと意外です。
+ 続きを読む









