ながしまじょう

長島城

三重県桑名市


旧国名 : 伊勢

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キンヤ

長島一向一揆の本城で、大手橋の下に石垣が残る城 (2021/08/22 訪問)

城びとの先人の方々の投稿で石垣があることを知り、10年ぶり位に再訪しました。

長島一向一揆の本城で、今は小学校となり説明板が設置され、校内に樹齢3百数十年の大松があります。

城跡の東側に堀跡の川があり、大手橋の下には石垣が残り江戸時代のものとされます。
石垣の真ん中は後世の積み直しに見えますが、両端の隅部は当時の遺構と思われます。

蓮生寺には大手門が移築され残っています。

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前ちゃん

道路工事で素早く退散 (2020/11/09 訪問)

看板のある小学校前の道路が舗装中だったので、素早く退散

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🏯城好きのメガネ

「長島城」 (2020/03/21 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
1245年頃、藤原道家が館を築いたとされる。北勢四十八家の一人、伊藤重晴によって大改修が行われた。1570年、一向宗・願証寺証意によって伊藤氏一族が追放され、長島一向一揆の拠点となった。木曽川、揖斐川、長良川の中州にあり難攻不落の名城であった。織田一門が多く戦死するなど織田信長も苦戦したが、度重なる猛攻により長島一向一揆も平定される。賤ヶ岳の戦い後、織田信雄の居城となるが、1586年の天正地震で天守が倒壊するなど甚大な被害を受けたため、清洲城に移ったとされる。関ヶ原の戦い後は菅沼氏が2万石で入り、長島城を改修し藩庁として用いた。その後、増山氏が8代続き廃藩置県まで至った。現在、現存移築門が遺されている。(願證寺の一向一揆殉教之碑も併せて散策したい。)

<アクセス>
JR長島駅 徒歩15分

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OKZ桑名

説明板、石垣があります。 (2019/09/28 訪問)

長島中学校の敷地内に説明板と黒松があります。黒松は坤櫓の跡だそうです。近くの川の橋の下には、石垣が残っています。今は蓮生寺の山門となっている長島城大手門は長島藩主増山家の家紋が入っています。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 藤原道家
築城年 寛元3年(1245)
主な改修者 伊藤重晴、菅沼定仍
主な城主 伊藤氏、滝川氏、菅沼氏、松平氏、増山氏、織田氏
廃城年 明治5年(1872)
遺構 移築門(蓮生寺)、石垣、堀
指定文化財 市史跡(旧長島城大手門)
再建造物 石碑、説明板
住所 三重県桑名市長島町西外面
問い合わせ先 桑名市埋蔵文化財整理所
問い合わせ先電話番号 0594-24-2597