日出城は古くは建武年間に大神氏によって築かれたとされています。慶長6~7年(1600~1601)に日出藩初代藩主となった木下延俊(豊臣秀吉の妻・高台院の甥)が細川忠興の支援を受けて近世城郭として整備したとされています。民家に移築されていた東北隅櫓(鬼門櫓)が再移築され、当時の石垣が残っています。
暘谷城の石碑があり、この暘谷というのは中国の古い言い伝えでは、東の果ての太陽が昇る場所のことをいうらしく、これが日出城の別名でもあるようです。東と言えば、日本にはもっと東の場所のほうが多いですが、この時代には地球が丸いということは既に周知のことだったので、先に言ったもん勝ちということになりますか。
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