佐用駅から徒歩20分弱で、神社下(34.9961758、134.351466)に到着しました。
築城年代は定かではないようですが、建武年間(1334年〜1338年)佐用範家によって築かれたと云われています。
その後、赤松三十六衆のうち福原氏がこの城を継いだので、福原城と言われているようです。
1577年(天正5年)播磨国に侵攻した羽柴軍によって落城し、城主福原則尚は城に火を放ち高尾山円福寺で自刃しました。
落城時は城兵と城内の者すべてが斬られるという凄惨な状況だったそうです。
現在の福原城跡にある社は福原霊社と言い、城主福原氏を祀っており、頭脳明晰だった城主にあやかってお参りする人もいるそうです。
主郭の土塁の上に福原霊社があって、ここに説明板もあります。
土塁の背後は切り通し状になっていて堀切のようです。
主郭の北側に廻ると、土塁がわかり易く、また、堀跡かなと思われる窪みが土塁に沿って巡っています。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=上月城を攻城する為、佐用駅からJR姫新線を利用して上月駅に向かいました。
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