関ヶ原古戦場の石田三成陣跡は笹尾山に案内板が設置されています。陣地には石碑や馬防柵が設置してあり、石碑のある小高い丘からは関ヶ原一帯を俯瞰でき、南宮山や松尾山も良く見えます。
明治25年(1892)に発行された神谷道一翁の「関原合戦図示」にも笹尾山に石田三成の陣所があるとされ、翌年に発行された陸軍参謀本部の「日本戦史関原役」の「関原合戦図」とも一致しているようです。「関原合戦図示」のデータは手元にあり内容を確認している所ですが、なかなかボリュームが有るので、必要な部分から読ませていただいてます。明治初期の難しい文章ですが、何とか読めないことも無いです。
「関原合戦図」は国立公文書館にデータが無いので、確認できていませんが、グーグルマップにも記載されている現在の陣跡の多くは「関原合戦図」を参考にしているようです。また「関原合戦図示」と「日本戦史関原役」の「関原合戦図」の内容は細部に多くの不一致な箇所が有ります。特に南宮山の配置に大きな違いが有るのは注目するべきでしょう。
「戸田左衛門覚書」には自害ヶ峰に石田三成が陣を張ったと記載がありますが、なかなか難解な文章で読むのに骨が折れます。江戸時代に新井白石が手を加えている可能性もあり、一次史料では無く二次史料(編纂物)と考えた方が良いのではないでしょうか。また記載されている陣所の多くに不可解な部分があり、史料として参考にしてよいのかなと思います。
以前、自害峰を訪問した時には、それらしい陣所は見当たりませんでしたが、また訪れてみたいと思います。
石田三成陣跡は関ヶ原古戦場の「附」として国の史跡に指定されていますが、近年は一次史料にその名が出てこないことから、三成の陣所とするには適切ではないとの指摘が出ています。
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