一本松城は南北朝時代には存在していたようです。建武元年(1334)8月、波佐一本松城を中心にした「波佐谷の合戦」が二度あり、戦死者が多数出たとされ、「千人塚」「剣の墓」が城の西側に現存しているようです。
現在残っている遺構は、より高度なもので戦国時代のものと思われます。遺構は良く残っていて、各所に丁寧に案内板が立てられていますが登城道は有りません。自然地形にそって谷筋を進んで行きますが、足元はぬかるんでいます。比較的新しい案内板が各所に立ちますが、城址は手つかずのままで、一部ヤブ化しているので竪堀を登って取りつきます。散策しながらネイティブな遺構を楽しめますが、見学用に整備されていないので気を付けないと少し危ない。どう見ても万人向けでは無いです。
登城道を整備する予算が無いのか、道そのものを軟弱と称してあえてつけていないのか(花山薫ですか?)。この状態での保存を決めた人もなかなかの変態です。よほどの城好きでないと入ってこれません。
谷筋から竪堀を登って行くと、周囲には畝状の竪堀群があり、一本一本がなかなか大きいです。まず南側の遺構を散策に行くと、横矢掛のための郭があって、堀切が付いています。近くには珍しい水溜めの施設もあります。
主郭には南側から直接登りましたが、北側に回り込むと登り道が付いているようです。とはいえ、かなり細い、やはり万人向けとは言い難い。
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