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馬場美濃守信春 (2025/01/03 訪問)

 武田勝頼が馬場美濃守信春に命じて築かせたとされています。その後、徳川氏の城となりました。現在見ることのできる土塁や堀のほとんどは徳川氏に時代に改修、増設された可能性が高いとのことです。東側に本曲輪を置き、扇状に西側に向かって曲輪が展開し、深い堀や馬出で防御しています。東側を中心に南北は崖で囲まれていて、崖の下には当時、大井川が流れていました。諏訪原城築城当時の大井川は牧ノ原台地縁部に沿って流れており、城の背後近くを流れていて天然に堀となっていました。崖端城ということですが、よく形状を確認できる城址です。カンカン井戸付近から谷を下って行くと水の手曲輪となっています。谷底は以前来た時も今回も湿地となっていました。どこから水が出ているのかわかりません。また谷から少し本曲輪側へ上がったところにも井戸と思われる窪地があり、水の手曲輪の標識がある曲輪がありました。水には苦労しなかったのでしょう。
 縄張りがわかりやすく多く残る堀、馬出が魅力的な城址です。

昨年5月以来の登城です。冬の草が少ない時期に来てみたかったので行って来ました。

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しんちゃん

未来都市銀河地球鉄道 (2025/01/03 訪問)

私は今、宮沢賢治のふる里 花巻市に来ています。花巻駅の北側の道路沿いの壁には特殊な塗料で壁画が描かれており、夜になると光ります。昼間は白い壁にしか見えないらしいので、夜に花巻駅の近くを通られた際には寄って見て行かれると良いと思います。

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小城小次郎

上杉の名臣・斎藤朝信の居城 (2024/04/27 訪問)

上杉謙信・景勝二代に仕えた名臣・斎藤朝信の居城は軍事・民政・外交とマルチに活躍した人物の城に相応しく合理的かつ大胆な山城とお見受けした。現在のハイキングコースが必ずしもお城を活かす形となっていないのが勿体ないが。

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朝田 辰兵衛

畑谷城散策2/2(西側主郭エリア) (2024/11/16 訪問)

主郭より西側にまず二重横堀があります。さらに西側には一番の見どころの「西部三重空堀」があるハズでした…。
なぜか,案内板の「西部三重空堀」が「西部二重空堀」に訂正されていました。「三」の真ん中の横棒が白ペンキで消されていました。
実際に見ても,たしかに二重空堀で…。
ひととおり散策を終えたら,いも堀りをしておられる方もあと少しで掘り終えるタイミングでした。
「散策させていただきました。ありがとうございましたm(__)m」
と挨拶したら,かなり気分がよかったのか,10分ほど立ち話。「天地人」でこの城が紹介されたことが嬉しかったようです。
さらに,訂正された「西部二重空堀」は,心ない方がいて,埋めて耕作を始めたとのことです。これで,腑に落ちましたが,衝撃でした…。
帰り際,キッチリと散策をして,会話をしたのがとても嬉しかったようで,掘りたての山いも1本をいただきました。
大変にありがとうございましたm(__)m
とても立派で,新潟市内で買えば,1本【2~3000円】クラスといったところ。
都心部では【5000円】くらいかな…そもそも,1本モノで売らないと思います。

この後,もう1城散策できるほどの時間的余裕がありましたが,速攻で帰宅したことは言うまでもありません。

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朝田 辰兵衛

畑谷城散策1/2(登城口~東部大空堀) (2024/11/16 訪問)

登城口付近に山いも畑があり,一生懸命にいも堀りをしておられる方が…。もしかして,案内&休憩所となっている「ごへえ宿」の主人なのかな…と思いつつ,散策を開始しました。
遺構は,登城口から西側に主郭,東側にコの字の東部大空堀があります。この東側には,上杉軍との攻防で落城し,江口五兵衛光清率いる約500名が全員討ち死にした歴史を残そうと,畑谷城400年記念碑と江口五兵衛光清の墓所があります。また,江口五兵衛光清公の首を洗ったとされる首洗い池もあります。
「ごへえ宿」はこの江口五兵衛光清公からネーミングされたものです。

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じゅんじん

2024納めの城 (2024/12/31 訪問)

関ヶ原ではなくここが天下分け目になっていたかも。そして家康公が水攻めしたかも。

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じゅんじん

2025元日 (2025/01/01 訪問)

今年もよろしくお願いいたします。ここから2025年城めぐりは始まります。水野氏菩提寺乾坤院にも行き現存門もみました。

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じゅんじん

松永久秀さま (2024/10/19 訪問)

信貴山にあるお城です。老武者が警護してます。

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いんげん丸虫

榎城 和歌山県印南町 (2024/12/29 訪問)

鳴神城から北西へ200m、詳細不明の
大城郭があります。
鳴神城からの尾根には3条の堀切、
他2つの尾根先にも堀切を穿った曲輪が
あります。薄くなってますが畝状空堀
も見れますね。

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いんげん丸虫

鳴神城 和歌山県印南町 (2024/12/29 訪問)

標高223mの山城です。
詳細不明。
2本の大きな堀切があり、2曲輪、
土塁に囲まれた本丸と続きます。
木の多くに爪研ぎ跡の傷があります。
傷の大きさからして熊でしょうね。
新しいものは無いですが、数年前は
熊の棲み家になってたようです。
高速の高架下付近に車を停め尾根先端
から登っていきました。

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しんちゃん

ニューヒーロー発見🦸 (2025/01/03 訪問)

塩野田館は須藤勘解由左衛門によって築かれたとされています。詳細は不明。
主郭は八雲神社の境内になり、幾段か郭があるようですが、藪に覆われています。登城道がなかなか急なのですが、右手に土塁がありました。
ここに来る途中、石ノ森漫画館に寄って来ました。ここでしか買えないヒーローのグッズもあります。シアターで上映しているのを見ましたが、水上でのアクションがカッコ良かったですよ。

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トク

新年のご挨拶(かるたのお礼)

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

年末、ついに私の所にも待望の「かるた」が届きました。早速開くと・・・なな何と😲! 私の札が14枚もある!(絵札が11枚+読札が3枚=計14枚)。こんなに採用して頂けるとは思ってもいなかったので、ビックリ感謝感激です! 大変ありがとうございました😊。

写真は絵札読札ともペアで採用して頂いた2城です。
 

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トットコ

国宝犬山城訪問 (2024/12/28 訪問)

百名城の10城目は初の国宝です。
お天気はイマイチでしたが、天守からの景色は爽快でしたぁ

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トットコ

駿府訪問 (2023/12/27 訪問)

百名城の一歩目は家康から

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しんちゃん

広大な墓地になっている。 (2025/01/03 訪問)

葛西氏の家臣、平小三郎による築城とされますが詳細は不明です。現在は石巻霊園になっており新しい墓が多いです。先ほど石巻城と震災遺構の小学校を訪れて来たばかりですが、この地域でも震災で多くの方が亡くなったことと思います。
ご冥福をお祈りいたします。

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イオ

とことん一乗谷(下城戸以北) (2024/10/13 訪問)

(続き)

一乗谷の北端には正門にあたる下城戸が設けられ、下城戸北側に広がる安波賀地区には足羽川水運の川湊があり、一乗谷の物流の拠点となっていました。

下城戸
下城戸は一乗谷北端の谷幅が最も狭くなったところに設けられた城戸で、高さ4.5mの土塁と水堀で侵入を防ぎ、西端に巨石を組み合わせた通路が矩折状に通じています。立ち並ぶ巨石には圧倒されますが、巨石や土塁の上には建物の痕跡は検出されず、絶大な権力を誇示するためのものと考えられます。一乗谷川の対岸にも土塁や屋敷跡と思われる削平地があるようですが、今回は未確認です。

安波賀春日神社(福井市安波賀町)
一乗谷の鎮守社として崇敬された神社で、一乗谷が炎上した際に社殿を焼失しましたが、江戸中期に福井藩主・松平氏により再建されています。社殿からさらに山上の瀧殿社には五代・義景の分霊が祀られているようですが、見落としてしまいました…。

伝朝倉宗滴館跡(福井市安波賀町)
安波賀春日神社から西山光照寺に向かう道中に朝倉宗滴の館跡と伝わる地があるようなので行ってみましたが、石碑や説明板などそれらしいものは見付けられませんでした。ただ、すぐ近くのJR越美北線の踏切は「金吾谷」だったので、やっぱり…という感じでした。

西山光照寺(福井市安波賀中島町)
一乗谷最大級の寺院で、発掘調査により礎石建物や地下式倉庫、巨石を用いた石垣、石組溝などが確認され、40数体もの笏谷石による大きな石仏が立ち並んでいます。

そして西山光照寺から博物館に戻って、一乗谷をひとめぐり。さすがに一乗谷城の出城にあたる小見放城や小城までは無理でしたが、城下で予定していたところはひと通り見て回ることができました。出城に加えて取りこぼしもいくつかありますし、100名城スタンプも押し忘れてしまったので再訪必須ですが、大満足の一乗谷でした。
 

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しんちゃん

リア攻めならず。😭 (2025/01/02 訪問)

仙台の中心は暖かく雪も降っていないのですが、平賀館のある山寄りの地域にはだいぶ雪が残っていました。スノータイヤやチェーンなど冬支度をして来ていますが、靴は通常の登山用のシューズです。雪が積もっていると移動にはだいぶ難義します。曇天のせいか、ニッポン城めぐりのリア攻めの登録が上手くいかない。雪の中だいぶ粘って攻めますが、どうにもならないので諦めました。ちょっと悔しい。
私が見たところ郭は三つほどあって、主要部は南北に郭が配され中央を土塁(?)で仕切ってあるようです。
西側にも扁平地がありました。積雪のある地域では山城はとても無理ですね。ガッツリ攻めるなら春以降がいいですね。
ここのとこ長期休暇が取れなかったので今頃来ているんですが。

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いんげん丸虫

町指定史跡 (2024/12/28 訪問)

看板があり少し狭い道ですが3曲輪
まで行けます。
途中にも駐車スペースがあります。
実によく遺構が残ってますね。
山城好きの方には整備された箇所だけ
を見るのではなく、縄張り図を持って
ザクザク移動しながら散策するのを
お勧めします。

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いんげん丸虫

鞍賀多和城 和歌山県日高町 (2024/12/28 訪問)

明けましておめでとうございます。
遺構が崩れてしまうような悪天候、
地震、など無い穏やかな年になれば
良いですね。

鞍賀多和城 (くらがたわ)
標高350mの山城です。
主郭の3方にそれぞれ2本の堀切が
あります。
主郭は藪が酷く立ち入る隙間も無いです。
岩盤を穿ったような無骨な堀切は見応え
があり、東の堀切は竪堀となって流れて
ます。
雨司神社参道から入り、神社跡を目指す
ように登り、尾根通しに行きます。
約1時間位かかるかもしれません。
神社跡への行き方がわからず、岩がゴロ
ゴロしてる谷を尾根まで直登しました。

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小城小次郎

蔵王権現との繋がりの中で (2024/04/27 訪問)

蔵王権現(現金峯神社)との緊密な関係性の中で築かれたが、そこから離れるために(水害を名目に)街ごと長岡へと移転したのではなかろうか。跡形もなくなった長岡城とは裏腹に土塁と堀を良好に残すのも歴史の皮肉か。

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