巨岩が城門の如しー1/3の続きです。
巨岩が城門の洗礼を受けて南東尾根を降って登って土橋の様な尾根道が曲輪群の先端、浅い堀と切岸、余湖図コレクションの俯瞰図では曲輪6・5・4と続き各曲輪間に堀切、曲輪4と2の間は大堀切で曲輪2の出曲輪が主曲輪の虎口に成っており、虎口横に石積が残って居る、主曲輪は西から曲輪2、曲輪1、曲輪3と繋がり、各曲輪間は土橋と空堀が施されている、先端の曲輪3の南東下には堀切と土塁、曲輪1の北下の尾根筋に出曲輪1、2と続き曲輪7に至る、出曲輪1と2は虎口があり土橋と堀切で守ってる、虎口側には石積の残存がある。
唯一案内板?説明板が曲輪1の巨石下に在り「城山城址、別名:大田城 H22.8」と読める。
中は灌木と落ち葉で充満しており歩くとサクサクの音が心地よいが歩きずらい。
松平城山城の名称はグーグルマップ、城びとが使用、城郭放浪記さんは大田城を採用、余湖図コレクションは豊田城山城を使用しています。
歴史的にはここ松平郷ですので松平氏の城、3代当主松平信光と言われているが松平氏の勢力範囲内の事には違いない、岩津城、安城へと南進した。
その他の曲輪・堀切ー3/3に続く。
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