武田勝頼が馬場美濃守信春に命じて築かせたとされています。その後、徳川氏の城となりました。現在見ることのできる土塁や堀のほとんどは徳川氏に時代に改修、増設された可能性が高いとのことです。東側に本曲輪を置き、扇状に西側に向かって曲輪が展開し、深い堀や馬出で防御しています。東側を中心に南北は崖で囲まれていて、崖の下には当時、大井川が流れていました。諏訪原城築城当時の大井川は牧ノ原台地縁部に沿って流れており、城の背後近くを流れていて天然に堀となっていました。崖端城ということですが、よく形状を確認できる城址です。カンカン井戸付近から谷を下って行くと水の手曲輪となっています。谷底は以前来た時も今回も湿地となっていました。どこから水が出ているのかわかりません。また谷から少し本曲輪側へ上がったところにも井戸と思われる窪地があり、水の手曲輪の標識がある曲輪がありました。水には苦労しなかったのでしょう。
縄張りがわかりやすく多く残る堀、馬出が魅力的な城址です。
昨年5月以来の登城です。冬の草が少ない時期に来てみたかったので行って来ました。
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