かつやまじょう

勝山城

山梨県都留市


旧国名 : 甲斐

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登城口、解説板、熊注意看板あり
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カズサン

織豊系に大改修された勝山城 (2024/08/24 訪問)

 谷村城、谷村陣屋、都留市博物館を訪ねた後、麓の都留市役所から良く観える勝山城の登城口へ、夏場で取りあえず登城口周辺を訪ねて終わりとした。都留市博物館ミュージアム都留の勝山城立体模型ジオラマで登って探訪した気分、城郭放浪記さん紹介の博物館にある勝山城の模型が必見の目的。

 駐車場:勝山城西登城口駐車エリア(35°33'09"N 138°54'10"E h=490m) 和式トイレ有、2,3台可能。
 参考資料:城郭放浪記さん余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。

 勝山城は桂川が北、東、南を囲む総堀の役目、南側に東から西に大堀が更に守り、現在は水田で一部宅地化、西には高速道中央道富士吉田線が通ってる。
 登城口には勝山城の縄張付き解説板が設置、登城口には熊注意の看板も有る。
 縄張図を見ると西側に内堀が走り、南の段曲輪から三の丸、二の丸、本丸の西を守っている、主要郭は連郭式の造り、北尾根と東尾根に見張台と郭が設けられている。
 高石垣も有り家康関東移封後、豊臣家臣浅野氏が甲斐を治めて浅野氏の織豊系城郭に大改修された様子。武田氏時代には小山田氏の谷村館の詰城、砦としての機能も有った様です。

 都留市博物館ミュージアム都留:山梨県都留市上谷1-5-1、玄関前に駐車場有り。
 ここでは縄文遺跡、遺物の展示も有り大変勉強に在ります、谷村の歴史パネル、解説、勝山城立体模型ジオラマは必見、城郭の構造が良く分かります。勝山城の情報収集「都留の城と館」の小冊子を入手、その他パンフtレット、各説明ありがとうございました。
 

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城好きのメガネ

「勝山城」 (2024/04/06 訪問)

<オススメ>★★★★★
勝山城は戦国時代に当地を治めていた小山田氏の詰城として築かれた。武田氏が滅亡した後は後北条氏や浅野氏(豊臣家)などが改修する。交通の要衝であったため浅野氏時代に大規模に改修された。江戸時代には秋元氏が麓に陣屋を築いた。現在、土塁、曲輪等が遺されている。

<アクセス>
富士急行線 谷村町駅 徒歩25分

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朝田 辰兵衛

大沢見張り台手前の竪堀と富士山…🗻 (2024/01/08 訪問)

このシーズンに行くということで,富士山しか期待していなかったのですが,本丸背後から下って大沢見張り台手前にある竪堀がなかなかでした。また,下る途中に石垣もあり,思わぬ発見でした。だいぶ崩れたカンジでしたが…。
富士山の眺望は,帯郭,三の丸,本丸で撮影しましたが,距離的に一番近いと思われる帯郭からの眺望が良いと思いました。

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しんちゃん

各郭から富士山が良く見える。 (2023/11/26 訪問)

勝山城は麓の谷村城の詰めの城とされています。本丸の案内板によると文禄3年(1594)豊臣秀吉に遣わされた浅野長政家老・浅野左衛門氏重によって築城(もしくは改修)されたと記されています。位置的に谷村城とかぶっていたので存在を失念していたのですが、元々登城したいと思っていたので結果オーライということになりました。ただみんなの口コミをチェックしていなかったので本丸北側の石垣を見逃しています。江戸に献上するお茶を貯蔵していたという御茶壺倉(大沢見張台)は二の丸から帯郭を経由して尾根沿いに向かうのが正解のようですが内堀経由で向かってしまったので途中断念、そのまま南東側に尾根伝いに降りていくと、ここにも道が続いていてそのまま下山と相成りました。ちょっと消化不良ですが「いった」を押しちゃいます。
山々の間から富士山が顔を出していて登城道から良く見えます。二の丸・本丸からも見ることが出来、なんか富士山を見るために、この詰めの城があるんじゃないか?‥とさえ思えてきます。やはり富士山は特別な山ですよ。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 小山田信有?
築城年 天文元年(1532)?
主な城主 小山田氏?、浅野氏、秋元氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
指定文化財 県史跡(勝山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 山梨県都留市川棚字城山922他21筆
問い合わせ先 都留市産業観光課商工観光担当
問い合わせ先電話番号 0554-43-1111