ねごろじ

根来寺

和歌山県岩出市

別名 : 根來寺、根来城
旧国名 : 紀伊

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①大門
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昌官忠

(東海&関西)遠征15日目:根来寺 (2025/05/29 訪問)

宿泊先のホテルから和歌山駅に向かい、和歌山駅から電車とバスを乗り継ぎ、岩出図書館バス停に着きました。
そこから、大門➡鐘楼門/聖天池/根来寺/聖天堂/庭園➡根来城跡➡大師堂➡大塔➡大伝法堂の順番で巡りました。

根路寺は1130年(平安時代後期)に開かれたお寺で、最盛期を迎える戦国時代の頃には数百の堂宇が立ち並び、その周りには村落ができ、ひとつの経済都市呼べるほどの規模があった大寺院です。
根来城は室町時代に根来衆たちによって築かれた城です。根来寺の外郭を守備するための砦的な意味合いを持っていたと考えられるようです。
強大な勢力となった根来寺は1585年(天正13年)豊臣秀吉の紀州攻めによって全山焼失してしまいましたが、江戸時代に入り、紀州徳川家の外護を受けて復興され、現在に至っています。

参拝受付は9:00からですが、散歩されている方もいて、外観だけは見ることが出来ました。
国宝、重要文化財が多くある霊験あらたかな寺院です。
見学が早く終わったせいかバスを1時間待ちとなりました。
攻城時間は35分くらいでした。次の攻城先=九度山真田ミュージアム(和歌山県九度山町)を目指す為、根来寺バス停からバス➡電車を乗り継いで、高野口駅に向かいました。

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覚鑁上人 (2024/06/13 訪問)

 根来寺の大塔など主要施設付近を散策した後、道の駅ねごろ歴史の丘近くにある根来寺遺跡展示施設を見学しました。半地下倉庫や階段と通路のレプリカなどが展示してありました。半地下倉庫の赤く焼けた範囲は羽柴秀吉の紀州攻めに伴う火災の跡と書いてありました。
周囲にも遺構がいろいろと見つかっているようですが、由緒ある大寺院としてだけでなく軍事施設としてどのような規模で、どのような防御施設があるか興味があります。

JR紀伊駅からバスに乗り根来東バス停下車。徒歩15分くらいで行くことができます。

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しんちゃん

国宝・大塔 (2016/09/20 訪問)

根来寺は戦国期に最盛期を迎え寺領72万石を領したとされています。1万以上の僧兵(根来衆)を有し種子島から伝わった鉄砲で武装し、鉄砲隊を備えていたとされます。織田信長と石山本願寺との戦いでは織田信長に協力しますが、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄との戦いでは秀吉に敵対し後の雑賀攻めを招くことになりました。
江戸時代には紀州徳川家の庇護を受け、焼失した伽藍も復興し現在にいたります。

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じゅんじん

城郭寺院 (2022/01/07 訪問)

大塔が大きい。よく残ってます。
大門もです。

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城郭情報

分類・構造 城郭寺院
天守構造 なし
築城主 覚鑁
築城年 大治5年(1130)
主な城主 根来衆
遺構 大塔等
指定文化財 国史跡
再建造物 石碑、説明板
住所 和歌山県岩出市根来