小説と映画「のぼうの城」で知られる忍城。
城内のジオラマで、行田が交通の要衝であったが故に足袋の街になれた理由に納得する。このあたり、ブラタモリのお陰である。
復元された櫓から、堀の姿などを確かめる。
更には「石田堤」跡の雑なつくりの堤のさまを見て、「三成も秀吉もやっちまったなぁ。備中と関東を同じに思っちゃダメだよ」とニヤニヤが止まらなくなる。
埋蔵文化財センターの方の説明によると、小田原・石垣山城からの狼煙による情報はわずか数時間から半日でここまで届いたのだという。
さて、利根川の堤を切って、一帯を水浸しにする企みに十分なほどの水量は果たしてあったのかなかったのか。それを見ようと運河沿いに利根大堰までクルマを進めた。
道々「これは天井川だ」というくらい水位の高い場所、流れの速い箇所もあり、大堰に近づくにつれ、水音の大きさに縮み上がる。
堰の上にかかる橋から見る坂東太郎の恐ろしいこと!
「三成はできると思っちゃったんだろうなぁ」とそぞろ哀れを催しました。
+ 続きを読む










