大成館は十三歳で徳川家康の小姓となった小栗忠政の館とされています。忠政は近江姉川の戦いで攻めてきた敵に対し、家康所有の信国の槍を取って渡り合い、その褒美として信国の槍を賜ったとされています。後に武州安立郡大成村550石を含む2550石の領地を与えられ、死後は普門院に葬られました。
幕末に活躍した小栗上野介忠順は、本家政信の子孫で、新政府軍に徹底抗戦を主張し陸軍奉行及び勘定奉行を罷免されると、家宝の信国の槍などを普門院に預け、領地である上州権田村へ隠棲しますが慶応4年(1868)4月6日朝敵として捕えられ斬首されました。
館跡とされる普門院には忠順の供養塔と、野球のボールのような形状をした小栗上野介招魂碑が建てられています。
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