(中国地方と兵庫県)遠征21日目:下関前田台場周辺観光(赤間神社)
(2026/05/31 訪問)
下関前田台場を攻城する前に、下関観光(下関唐戸市場、亀山八幡宮、赤間神社、壇之浦古戦場跡)をしました。
亀山八幡宮から徒歩10分くらいで、赤間神宮鳥居前(33.958997、130.948996)に着きました。
859年(貞観元年)に阿弥陀寺として開闢。
1185年(文治元年)壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は現場付近では発見できませんでしたが、赤間関(下関)に1191年(建久2年)勅命により御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼を奉仕させました。以後、勅願寺として崇敬を受けました。
明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社」と改称した。
また、歴代天皇陵の治定の終了後、安徳天皇陵は多くの伝承地の中からこの安徳天皇社の境内が1889年(明治22年)7月25日、「擬陵」として公式に治定されました。
天皇社は1875年(明治8年)10月7日、赤間宮に改称し、官幣中社に列格しました。
1940年(昭和15年)8月1日、官幣大社に昇格し、赤間神宮に改称しました。
2018年(平成30年)11月2日、「赤間神宮水天門及び回廊」が国の登録有形文化財に登録されました。
赤間神宮 水天門:竜宮城を模した赤の神門がとても綺麗であり確かに竜宮城を想像させる楼門。素晴らしい。現在は国登録有形文化財に指定されています。
赤間神宮 大安殿:戦争により焼失しましたが、1965年に現在の立派な社殿が建立されました。水や海に関するご利益があり、安産、海上交通安全、豊漁、水商売などが挙げられます。
赤間神宮 境内 芳一堂 – 耳なし芳一:盲目の琵琶法師・芳一が、怨霊から逃れるために経文を全身に書き難を逃れようとしますが、耳だけ経文を書き忘れられたために耳を千切り取られるという怪談話です。耳なし芳一物語の舞台である阿弥陀寺は、現在の赤間神宮にあたるそうです。
赤間神宮 郵便ポスト:鳥居脇の郵便ポストは、水色でふくのオブジェが飾られており、流石下関ですね。隣りは歴史的にも有名なふぐ料理の春帆楼があります。
その他、太閤石、水天門薄墨の松などを見学しました。
観光時間は20分くらいでした。次の観光先=壇之浦古戦場跡に徒歩で向かいました。
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