城びと先人が亀山城について詳しくレポートしておられるので、城主の湯川氏の居館について。
亀山城を詰めの城として、亀山城南側、山麓から少し離れた平地に湯川氏の小松原館がありました。室町時代には幕府の奉公衆として位置づけられた、有力者でした。小松原館は、200m四方の大きさを誇ったと。現在は、紀央館高校と湯川中学校の敷地になっています。
小松原館は、熊野街道沿いの宿として発達した小松原の北に隣接して築かれたと。そして、街道に関所を設けて熊野詣に訪れる人々から、関銭を取ったとのこと。
湯川中学校南側側に湯川子安神社があり、小松原館の庭のなごりである、土盛と池が残っています。
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