城びと登録の長野城、長野氏城を本拠とする有力豪族 長野氏の一族:雲林院氏の城です。長野氏の一族の中でも有力な一派でした。織田信長の伊勢侵攻の際の雲林院城当主 雲林院光秀は、塚原卜伝から新当流を伝授された剣豪で、その子も新当流の剣豪であったとのこと。長野氏が織田氏に帰順したため、雲林院氏も戦わず帰順しました。
城山の麓、道沿いの美濃夜神社に駐車させてもらい、狭い川沿い道の道を林光寺に向かいます。「三重の山城 ベスト50を歩く」には、「林光寺墓地の南から登る」とあります。墓地に小さな道標(写真9)があり、登城路へ導いてくれます。この後も同じ道標が要所要所に掲げられていて郭Ⅰまで迷わずに行けました。
墓地からすぐに尾根に取りつくと、階段状の削平地が郭Ⅰ下の堀切まで続きます。郭Ⅰの説明板に植林前の城山の写真がありました。登ってきた道は、この写真の左手の尾根にあたるものと思われます。郭Ⅰからは北東、東、南東へ三つの尾根がでており、それぞれに階段状の削平地が設けられています。麓から見える送電線鉄塔は郭Ⅰの北西下の郭Ⅱにあります。ここから、堀切と鞍部を経て郭Ⅲへ行きます。中部電力が鉄塔保守用に通路を確保しています。郭Ⅲから東へ続く尾根にも階段状の削平地があり、尾根先端に、三方を急斜面
+土塁に囲まれた物見台的なⅣがあります。雲林院城は、北、西、南を急斜面で守り、東側の尾根全てを多数の小郭で守る構えです。「三重県の山城ベスト50を歩く」の本項最後に、「剣豪雲林院光秀父子が籠る城を攻めるつもりで、すべての尾根を歩きたい」とあります。郭Ⅳは郭Ⅰから400mほど歩くことになりますが、見ておく価値があります。
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