堀を見た時に感激した。
伊木山城と鵜沼城も見えた。
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2025/02/18 20:07
2025/02/18 18:37
根本城 (2024/12/28 訪問)
【根本城】
<駐車場他>登城口前に駐車しました。
<交通手段>車
<見所>堀切
<感想>日帰り小里城攻め旅5城目。根本城は天文年間後期から天正年間初期にかけて若尾氏によって築城されたとされます。若尾氏は甲斐武田氏の一族で武田氏が東美濃侵攻によって前線拠点としたようです。
登城口は<35.356469, 137.074913>で登城口にある現地案内板にはビニールシートが掛けられていました。私有地を抜けていくようで、南に大きく迂回してから登り始めます。途中にある旗揚げの松などは樹齢500年もなさそうなので、ご愛嬌でしょう。城跡は超小ぶりで、主郭と下段の腰曲輪、主郭背後の副郭の3つで構成されています。主郭背後の堀切は大きく尾根を彫り込んでいます。土橋も明瞭に残っていました。天候がいまいちでしたが、眺望もなかなかでした。
<満足度>◆◆◇
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2025/02/18 13:55
久野城冬散歩5/5・北の丸とその他編 (2025/02/12 訪問)
東の丸、本丸北下の横堀と大土塁を往復し横堀の突き当たる北の丸下段へ、北の丸下段に登ると案内板は北の丸と成って居ますが、本来の北の丸は現在の北側通路となって消滅しています、通路の北側の民家辺りが尾根から遮断した大堀切で周辺の外堀(水堀)と繋がり空堀に成って居たそうです。(駐車場にある久野城址案内板に説明されています)
駐車場にはトイレも完備奇麗です、横に案内板、久野城見学案内パンフレット入りボックスがありますが当日はパンフレット品切れ状態でした。
袋井市のホームページに文化財に関するページを見て頂けれが「久野城ガイドブック」「久野城見学案内パンフレット」「久野城址保存会」「久野城について・・昨年亡くなった香川元太郎画伯と加藤理文理事監修の松下期の久野城復元図」がPDFで見る事印刷が出来ます。
また、久野城址案内板の裏手に久野城址周辺マップ案内板も有り、近くの遠州三山である油山寺、可睡斎の案内も出ています。
写真は北の丸下段、北の丸大堀切空堀辺り、その他で南の丸を東端からの眺め、本丸・本丸下段への通路、隅櫓跡の案内板と跡、大手に在る「松下期の久野城復元図」、駐車場裏手にある「久野城址周辺マップ」も掲載投稿致します。
約1時間ちょっとですが冬枯れで草刈されてよく整備された久野城を散策探訪致しました、桜の3月末4月初めがまた素晴らしい眺めを見せてくれるでしょう。
長々の投稿を見て頂きありがとうございました。
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2025/02/18 12:54
【寄附受付は今月末まで】デジタル技術で「ありし日の駿府城天守」を再現しよう!
現在、駿府城公園では、発掘調査を行った天守台跡地を家康公が築いた当時の石垣を活かした野外展示施設として整備し、歴史の雰囲気を感じられる公園づくりを進めています。
また、VR・ARなどの最新デジタル技術を活用し、駿府城天守台や天守を可視化することで、訪れる皆さまがより身近に歴史を楽しめる施設を目指しています。
このプロジェクトの実現に向け、現在、企業や個人の皆さまからの寄附を受け付けていますが、寄附の受付は今月末(令和7年2月末)までとなります。詳細や寄附の方法については静岡市公式HP(https://www.city.shizuoka.lg.jp/s6725/s013131.html)をご覧ください。皆さまの温かいご支援を、心よりお待ちしております。
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2025/02/18 12:15
久野城冬散歩4/5・東の丸と本丸下横堀編 (2025/02/12 訪問)
三の丸・三の丸下段、酒悦屋敷跡、西の丸を上下と眺めて散策し、北の丸下段と本丸の間に在る堀切を通って本丸北側下に在る横堀と大土塁を探索探訪、ここも草刈されてよく整備されている北側の藪状竹林は上部は伐採されているが下側の外堀側はまだ残って居る。
横堀を通って東の丸へ、一昨年伐採された本丸北尾根の堀切もまだ良く見えるが灌木が茂って来た、東丸と大土塁の間の竪堀も確認、下部の竹林藪は残ったまま、東の丸より大手側、本丸北段奥御殿跡も眺望する。
冬枯れの草刈整備で気持ちよく散策探訪出来ました。
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2025/02/18 11:47
2025/02/18 11:28
2025/02/18 11:07
2025/02/18 10:17
2025/02/18 08:34
⑥【護佐丸と沖縄6城】(3)座喜味城(2/2) (2025/02/04 訪問)
3城目、座喜味城の続き(2/2)です。築城名人と呼ばれた理由を続けます。
【理由4】
次は防御です。敵は正面(写真①②)から攻めて来たとします。そして二の郭の正面を突破すると、このアーチ門が立ちはだかります(写真③)。ここでふと左を見ると道があり(写真④)、敵はこの道にうまく誘き寄せられるでしょう。しかしその先は行き止まり!(写真⑤)。しまったと気づいた時にはもう遅く、石垣の上から矢を射掛けられ背後から囲まれて、敵は万事休すです。
【理由5】
護佐丸は今帰仁城で大曲の城壁技術を学びます。そして座喜味ではさらに進化し、曲線をもっと大きくくねらせました(写真⑥⑦)。これなら敵をどの角度からも攻める事ができますね。
いやすごいです! 護佐丸という人物は、めちゃくちゃ頭のいい人物だと思いました。
護佐丸はここから、自分の叔母の子を国王に嫁がせ縁戚関係を結び、権勢を振るうようになります。またこの読谷の海から貿易を積極的に行い巨額の富を得て、この座喜味城で国王に次ぐ琉球王国No.2の地位に伸し上がり全盛期を迎えました。
しかしその8年後の1430年またも状況が一変します。琉球統一後も最後まで国王に従おうとしない勝連按司「茂知附」(もちづき)が、東から国王を脅かすようになったのです。国王尚巴志はまたも護佐丸に、勝連城を監視できる中城(なかぐすく)の地に、巨大な城を築き牽制せよと命じます。そして10年後、その勝連の地から護佐丸にとって、人生最大のライバルが現れる事になるのです。
私は高台の一の郭から読谷の町と海を眺めてみました(写真⑨)。全盛期をここで過ごし栄華を極めていた護佐丸は、予期せぬライバルの出現に、どんな複雑な思いを抱いていたのでしょうか?
次は、そのライバルの居城「勝連城」を訪れます。
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2025/02/18 06:53
住宅地 (2025/02/10 訪問)
日向小林城からの転戦です。台地の上の城ですが、すっかり住宅地と化しています。グーグルマップのポイント近くにはソーラーパネルが設置されていました。公園の一角に小林古墳の標柱が建っていて、かっこ付きで「城山」とあるのが、ここが城であったことを物語っていました。
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2025/02/18 00:36
千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその35 松崎城 (2025/02/08 訪問)
千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその35
「椿の海と水城サミット2025」の一環として実施された『山城ガールむつみ隊長と行くガタゴトバスツアー』に参加して多古町の5つの城を攻めてきました。
その④は松崎城。城址は能満寺というお寺になっています。地元の人は「まつざき」ではなく「まっさき」と読むらしく、この地方に侵攻した正木氏と関係があると言われているそうです。
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2025/02/18 00:03
2025/02/17 22:58
2025/02/17 22:44
2025/02/17 19:16
多治見国長邸 (2024/12/28 訪問)
【多治見国長邸】
<駐車場他>多治見橋パーキング(コインP)に駐車しました。
<交通手段>車
<感想>日帰り小里城攻め旅4城目。現地説明板によると多治見国長は美濃国守護土岐頼貞の同族で頼貞の十男である土岐頼兼(2城目に行った天神山城登城口横の墓地の人)とともに後醍醐天皇の鎌倉討幕計画に参加します。クーデターは失敗し(1324年正中の変)土岐頼兼は討死します。
現地は寂れた商店街の一角に館跡碑があるのみです。
<満足度>◆◇◇
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2025/02/17 18:10
長岡城二の丸,冬の風物詩開催中❢ (2025/02/15 訪問)
長岡城二の丸の甘味&茶処『美松』。1959(昭和34)年2月4日創業。今年で66年となりました。毎年2月の創業月に「美松のサンキューまつり」を開催しています。シュークリーム1個39円(税抜)で,10個単位での販売です。税込で1箱420円となります。
この日は晴天に恵まれ,私が並んだ13時には,ホテルα-1長岡まで列が続いていました。ほぼ1時間待ちでした。
同じ二の丸内のアオーレ長岡で,バスケBリーグのゲームが夕方から予定されていました。1時間以上待ちを想定していたので,御の字です。
消費期限が販売日限りなので,13:30まで並ばれていた方で打ち切りとなったようです…。
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2025/02/17 17:29
2017.11.28登城 (2017/11/28 訪問)
関門海峡を見下ろす場所に門司城址があり、現在は和布刈(めかり)公園として整備されています。
残念ながら、時間の都合で城址まで行くことができませんでした。
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2025/02/17 16:57
2017.11.28登城 (2017/11/28 訪問)
北九州市の中心部にあり、現在は勝山公園として整備されています。
天守は唐造りが再現されているものの、本来は層塔型で破風が無いシンプルな造りだった様です。
もし建て替えを行うことがあれば、本来の外観を再現して欲しいところです。
近世の城郭らしい、立派な石垣や大きな水濠が堪能できる城址です。
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2025/02/17 13:41
日爪城(城びと未登録) 小ぶりだが土木量は多い (2025/02/16 訪問)
約1キロ南の清水山城の出城との位置づけもあるので清水山城のくくりで投稿します。清水山城からは北側が見通せないのを補う役割とか。城域からは北方や琵琶湖がよく見えます。
Googleマップは、日爪城登城口の標柱に正しく導いてくれますが、現在はさらに北西に数十m進んだところが直通の道の入り口になっています。標柱から登城し始めると、獣害柵に当たるので、柵に沿って右に進んでください。
主郭と東の郭だけの小さな作りですが、最初に現れる土塁/堀切/切岸は、高低差が大きく、かつ、南北58mと長大です。堀切の外側に土塁がある点も含めて、「おお!」っとなりました。東の郭と主郭の間は痩せ尾根を利用した長い土橋です。主郭の南西に続く尾根からの攻撃に対して、主郭にL字型の土塁、尾根を断ち切る4重の堀切にも執念を感じます。しかしながら、周辺の城と共に、明智光秀に攻められ、落城。
北面中腹に「根小屋」と伝えられる平削段があります。「根小屋」は、西日本には珍しいそうです。この城の一族は、美濃から来たとされている関係でしょうか。
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