南北朝期に山岳寺院を城砦化した国史跡の城である。事前に調べておいた地図では道が判然とせず、不安であったのだが、しっかりと表示があり難なくたどり着くことができた。城への登山道では10名を超える皆さんにより下草狩りが行われていた。いきなり「ご苦労様ですの挨拶くらいしていくのが常識だ。」とおじさんに怒られてしまったが、確かに、炎天下での作業、頭が下がる思いである。行きも帰りもしっかり声をかけさせてもらった。寺院を城にしたということで本丸に当たる曲輪には本堂の礎石が残っていた。矢筈ヶ岳の八合目に位置し、素晴らしい眺望が得られる。
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