その1
やっぱりお城といえば天守。和歌山城の天守は愛媛の松山城の天守と共通点が多い。
まず、連立式であること。これは天守建築の中で最も防御に優れた作りと言われています。それと何より見た目がカッコイイ!
そして三層三階であること。和歌山城は天守が虎が伏せている様子と似ていることから虎伏城とも呼ばれています。五層並みの天守台に実際には三層の天守を乗せたので、ややずんぐりに見えるようです。
あとはどちらも平山城で、天守は小高い丘の上に立っているので、麓から見上げると天守がより凛々しく映ります。
ただ逆に違いを一つだけ付け加えると、松山城は現存天守で和歌山城は外観復元であること。ここは如何ともしがたい...(*´∇`*)
その2
和歌山城には大手門に当たる門が2つあります。現存する岡口門と一の橋の大手門です。岡口門は豊臣秀長の時代、豊臣家にとって最大の脅威だった徳川家を監視するため門は東に作られています。そして江戸時代御三家の紀伊徳川家の居城となってからは今度は逆に大阪の豊臣家を牽制するために一の橋は北側につくられました。和歌山城は時代の流れに合わせて180度役割が変わった城でもあります。
その3
和歌山城は本丸が天守と分離しています。私の知る限り、他の城にはない、かなりレアな縄張りです。多くの場合は天守のある場所が本丸または天守曲輪とかと呼んだりするのだが、和歌山城のように完全に切り離しているのは極めて珍しい。その天守と本丸の間にある堀のように窪んだ場所は、駆け込んだ敵兵なら即死ですね笑笑 この2つに曲輪を分けることで防御機能は格段に上がったことは間違いないと考えられます。
その4
万葉集などにも登場する和歌山。弟に築城を命じた豊臣秀吉が風情あふれる風土に心打たれ、この地を「若山」から「和歌山」へ変えさせたとの事。でもこれはもしかしたら地元の人の間では常識なのかも...
江戸時代、徳川御三家として将軍を2人(8代吉宗、14代家茂)も輩出した紀州徳川家。その高い格式に相応する和歌山城の存在感。是非一度は登城してみてください^ - ^
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