ふたがみやまじょう

二上山城

鳥取県岩美郡

別名 : 岩常城
旧国名 : 因幡

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征10日目:二上山城 (2026/05/20 訪問)

本日は15:00頃から雨が降る予報です。雨は降ったりやんだりの状態です。
芦屋城から車で25分くらいで、二子山第2駐車場(35.539343、134.325085)に着き説明板を確認した後、高野坂古墳公園(35.539590、134.324608)へ向かいました。
そこから、登城口の中国自然歩道入口(35.539719、134.324497)へ向かいました。

南北朝時代の文和年間(1352年~1355年)に因幡の守護山名時氏の居城として作られました。
1466年(文正1年)湖山池のほとりに山名勝豊が、布施天神山城へ拠点を移すまで因幡国を統治する城でした。
山名勝豊が居城を移したのち治安が悪化したことから、領民が相談し但馬山名より三上兵庫頭を二上山城主として迎えました。
しかし、二上山城は山高く不便であったので番兵を置いて、三上兵庫頭は道竹城を築きそちらを居城としました。
1581年(天正9年)羽柴秀吉による鳥取城攻略によって毛利氏勢力は因幡を去り、旧巨濃郡は垣屋光成が領することとなりました。
垣屋氏は浦富の桐山城を居城としたが、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで垣屋恒総が西軍に与して滅んだ頃に、二上山城も廃城になったと考えられるようです。

熊出没注意の看板&ぽっぽつ雨で登城口で撤退しました。
攻城時間は10分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に行く為、鳥取駅でレンタカーを返却してホテルに向かいました。
歩行歩数=31327歩、歩行距離=21.9Kmです。

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ぴーかる

二上山城 (2025/12/06 訪問)

【二上山城】
<駐車場他>私が行ったルートは駐車場はありませんが、<35.544765,134.324853>のヘヤピンカーブの所に待避所があるので停めた。
<登城口>私が行ったルートの登城口は<35.542933, 134.324024>に側溝に鉄板を敷いた箇所があるのでそこから進入します。倒木があるので倒木を超えると古い遊歩道が現れますので道はすぐ分かります。ストック・手袋要です。

<交通手段>車
<見所>曲輪・竪堀・石列
<感想>日帰り鳥取県制覇旅1城目。二上山城は南北朝時代の文和年間(1352~1355年)に因幡国守護となった山名氏によって守護所として築城されたと伝えられます。その後守護所は布施天神山城に移りますが、城は城主が変わり一国一城令の頃まで機能していたようです。
 登城ルートはいくつかあるようですがよく分からなかったので、Googleのストリートビューを散々見て上記ポイントがハイキングコースになってそうだったので、行ってみると一応朽ちていましたがルートは残っていました。先達方の投稿通り、東の出城を過ぎて山の鞍部を越えると木の板の階段が倒壊して散乱しているゾーンに。また積雪があったので登るのに相当苦労しました。ゾーンを過ぎると最初の曲輪と思われる場所に着きます。モルタルで改変されていますが、崩れた石積みの虎口遺構が明瞭に残っています。次に切岸を登りきると二郭(二の平)に着きます。二郭は長大な曲輪で先端が土塁、最奥に巨石の石列が残っていて建造物の礎石のようでした。曲輪の虎口そばに堀切と看板がありましたが側道に接する片側竪堀が配されています。主郭には半周帯曲輪が巻いていて搦手側は急斜面で小さな腰曲輪に石列(石積み跡)・大竪堀があります。主郭の切岸には少しだけ石積み遺構が見受けられ、大手の反対側に遊歩道が残っていて登れます。主郭は楕円状の広大な曲輪で3日ほど前に降った雪が積もっていて遺構がよく分かりませんでした。
 主郭の積雪に足跡が・・・添付写真にあります。大きさは人の握りこぶしくらいで爪痕もくっきり残っていたので鹿や猪とは違うたぶんあいつでしょう。背筋がゾッとしました。足跡は人が入れない藪に消えていたので、本当に出る時は藪から突然出てくることと思います、皆様も十分ご注意を。
 城跡は中国山陰地方独特の連段となった広大な曲輪が見応えありました。二郭は眺望が良く、岩美町・日本海・城びと登録の道竹城・桐山城が望めます。積雪であまりトライできませんでしたが斜面の石積み遺構がもっとあるかもしれません。

<満足度>◆◆◇

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todo94さん指摘の危険な木製の階段は総撤去 (2023/04/01 訪問)

遠くからでもあれが山城とわかる山容です。急斜面&頂部が平坦。
城郭放浪記さんは「東側から展望台をへて登るルートが城域を通るのでよい」旨書かれてました。todo94さんが、2016年に登城され、「結構整備されているし、眺望も抜群だけど、木の板の階段が何箇所か破損している。踏み外しでもしたら大変である」とレポートされた道でもあります。
駐車場の説明板に東側からのルートも展望台も載ってません。ここで不穏を感じるべきでした。かなり探して、東側からの登城口を発見。少し登ると東の出城に至り、頂上まで1kmの標識あり。更に行くと撤去され、山積みの木材となり果てた展望台。その先の急斜面にかけられていた木製階段も延々、全て撤去され、これがまた登りにくいこと。頂部の郭に至ると道はロープで進入禁止にされてました。
二上山城は急峻で高いためと因幡の東に寄りすぎているため、守護の山名氏は、鳥取市西の布勢天神山城に移ったと。二上山城は、南を除いてとても急峻です。特に東西は険しい。現在の南側からの登城道ではこの険しさは体験できません。また、南からの道は、一の平(主郭)の直ぐ下に至るので、面白味にも欠けます。一の平回りの帯郭をぐるっと回らせて、一の平の虎口に至らせる本来のルートを通りたいものです。因みに説明板には、南側は防御が弱く、逃げ道と考えていたのではないかと。そんな都合よくいくかな。

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todo94

要注意 (2016/04/29 訪問)

結構整備されているし、眺望も抜群だけど、木の板の階段が何箇所か破損している。踏み外しでもしたら大変である。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 山名時氏
築城年 文和年間(1352〜1356)
主な城主 山名氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
指定文化財 県史跡(二上山城跡)
再建造物 説明板
住所 鳥取県岩美郡岩美町岩常
問い合わせ先 鳥取県教育委員会事務局文化財課
問い合わせ先電話番号 0857-26-7525