加賀城から車で20分ちょっとで、登城口付近空スペース(35.501102、133.057917)に着き路駐した後、説明板がある登城口(35.501264、133.057470)に向かいました。
1563年(永禄6年)に毛利軍の将、吉川元春が真山に陣を布き、尼子軍が拠る白鹿城を攻めました。この戦に尼子軍は敗れ、白鹿城は落城します。
白鹿城攻略後は、新山城(真山城)を出雲地方の拠点として多賀左京亮元信が城主をつとめました。
1569年(永禄12年)尼子勝久、山中鹿介幸盛らは京都で挙兵し隠岐に渡り、ついで島根半島に上陸して新山城(真山城)を本拠として出雲回復を狙いましたが失敗し、尼子勝久は1571年(元亀2年)新山城(真山城)を去りました。
以後毛利氏が城を修理し家臣を置きましたが、廃止時期は明らかでないようです。
移動距離が長く勾配が緩やかなために、比較的に容易な登城でした。
登城道は直射日光に晒される時間が結構あるので帽子は必須です。
主郭跡には「尼子勝久公之碑」と書かれた石碑が建てられています。
時間の都合で周回コースは選択せず、登城口に戻る予定でしたが、下山時、道を間違え新山城の東側に出てしまいました。
そこから、登山口まで戻るのに徒歩35分かかってしまいました。
攻城時間は95分(登城口に戻る時間35分を含む)くらいでした。次の攻城先=白鹿城(尼子十旗①)に向かいました。
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