北杜市考古資料館でもらった地図で金生遺跡の近くであることを確認。館跡であることを示す説明板などはなかったが、非常にはっきりとした土塁に囲まれた郭が二つ連なっていたのでまず間違いはないと思う。
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2018/04/02 20:28
金生遺跡の近く (2012/04/15 訪問)
北杜市考古資料館でもらった地図で金生遺跡の近くであることを確認。館跡であることを示す説明板などはなかったが、非常にはっきりとした土塁に囲まれた郭が二つ連なっていたのでまず間違いはないと思う。
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2018/04/02 20:24
美しい土の城 (2012/04/15 訪問)
初めて訪れたときは夏草が繁茂していたが、早春のこの時期は空堀や土塁がきれいに見渡せて土の城の魅力を満喫できる。
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2018/04/02 20:20
中央本線から見える岩山 (2012/04/15 訪問)
完全な晴れを想定していたのに大月は霧に包まれていた。満開情報が届いていた丸山公園も霧の中。岩殿山ふれあいの館も開館前なのでとりあえず山上の城跡を目指す。途中の階段や巨大な岩盤の上の見晴らしの良いところには既に大勢のカメラマンが三脚を立てて陣取っていたが、とても富士山が現われそうな気配は見られない。狼煙台跡の岩殿山頂上に歩を進めてみた。岩殿山山頂の標高は634m。東京スカイツリーの高さと奇しくも同じである。山頂を越えた先には堀切があり、兵舎跡や馬場跡、帯郭などの遺構を楽しみ、しばらく霧が晴れるのを待ったがかなり時間がかかりそうなので、富士の眺望は諦めて下山することにした。遠く大手門跡まで脚を伸ばしてから再び丸山公園へ。丸山公園の霧は晴れていて僅かながらも青い空も覗いていた。ふれあいの館の中を簡単に見て回ってから暫し満開の桜を楽しむ。岩殿城は小山田氏の居城で最後に武田勝頼が頼って裏切られる曰く付きの城である。真田の居城・岩櫃城への退避を勝頼は受け入れなかったわけだが、岩櫃城も岩殿城に劣らぬ峨々たる岸壁がそそり立つ堅城。岩櫃に逃げていれば信長もきっと勝頼を簡単に追い詰めることは出来なかったであろう。
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2018/04/02 20:14
歴史の舞台 (2012/04/15 訪問)
獅子吼城は2009年に旭山砦を訪れた際に見つけられなかった因縁の城。今回は万全の下調べをして臨んだ。道路に案内表示もあり迷うことはなかった。淡い緑色に苔むした石垣や残石は趣きたっぷり。頂上からの眺望もなかなかのものだった。この城の開城により武田信虎の甲斐統一がなり、天正壬午の乱では北条方が籠もるこの城を服部半蔵らが落とし徳川方の勝利に寄与するなどの歴史の舞台となった城だがそういった歴史にふさわしい素晴らしい佇まいを持っていて十分に満足することができた。
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2018/04/02 12:26
2018/04/02 12:17
2018/04/02 06:28
開園前の訪城 (2012/04/15 訪問)
武田氏の信州攻略の玄関口とも言える城。諏訪口、佐久口両面の狼煙の中継地であったということでつるべ式狼煙台が推定復元されている。本能寺の変の後に徳川と北条が甲斐の地を巡って争った天正壬午の乱では北条氏直がこの城に本陣を置いた。公園の開園は8:30からということで長居は避け、南城、北城は今回は割愛。
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2018/04/02 06:20
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
和気うつくしい森キャンプ場から本丸にアプローチするつもりでいたが、到着したのが午後5時10分前。とても管理事務所に城に行きたいのでキャンプ場を通らせてくれと申し出る事の出来ない時刻であったため、仕方なく麓の登山道からのぼっていった。本丸まで1.3km50分の所要とのこと。脚の疲れは限界に達していて私としては珍しく、途中で何度も立ち止まりつつの攻城となったため上りに40分もかかってしまったが、何とか本丸に辿り着くことが出来た。麓近くの侍屋敷跡の石垣も中々の物だったが、本丸からキャンプ場にかけてもいくつもの郭が連なり非常に見応えがあるようなのでまたの機会に再訪したい。
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2018/04/02 06:15
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
宇喜多能家が自害に追い込まれた砥石城は乙子城より遥かに骨があるが、何とか立ち止まらずに本丸までたどり着けた。眺望は中々の物ものだったが、雲が広がってきてしまったのは残念至極。連郭式の城郭だが本丸の下に連なる郭には整備の手が入っておらず、草や低木に覆われていた。
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2018/04/02 06:10
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
宇喜多直家国とりはじまりの碑が目立つ乙子城は一度訪れたことがあるので簡単にたどり着けた。200歩ほどで頂上にたどり着けてしまう山城とは言えない程度の小さな山城であるが、この日4つ目の山城攻略でかなりの蓄積疲労がある。
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2018/04/02 00:22
2018/04/01 23:40
2城一気攻めの1こめ。 (2018/03/28 訪問)
世界記憶遺産の山上碑や古墳のある登山道を進んでいきました。案内板が随所にあり、ハイキングコースになっているので、山中で迷子になる心配はありませんが、「ちょっとヤバイかも感」がそこここに漂っているのがイイ感じでした。城址に向かう岐路から先は攻城気分が味わえます。ゴール地点ではベンチや展望スペースが迎えてくれましたが、先を急いでいたので、すぐにお暇させていただきました。
・・・根小屋城址に続く。
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2018/04/01 22:53
海老名城跡! (2017/05/20 訪問)
往時におもいを馳せ、雰囲気が感じられて良かったです。
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2018/04/01 20:16
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
下津井瀬戸大橋を間近に見る下津井城。瀬戸大橋記念公園として整備されていて駐車場近辺の整備されすぎた状況に危惧の念を抱いたが、西ノ丸から本丸、二の丸、三の丸、中の丸とほどよく手を入れられた素晴らしい城の佇まいだった。石垣も中々見事なものが残っている。下津井城から海岸まで下った祇園神社は下津井古城だったとのことだが、現地にそういった表示や説明板は見当たらない。その祇園神社に隣接していかにも台場といった佇まいの石垣があったが、ここは紛れもない下津井台場。小さな石碑を見つけることができた。
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2018/04/01 20:10
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
有漢IC近くの常山城に立ち寄るのはもう定番。常山公園にある石の風車がそよ風を受けて回っていた。模擬天守は既に閉鎖されて中に入れない様子。その先の空堀などの城の遺構を確かめてから三大山城の備中松山城に向かった。
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2018/04/01 20:02
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
今回のお城の日のメインディッシュとして考えていたのが岩屋城。2010年の山城サミットでの現地見学会を狙っていたのだが、雨予報の天気予報に断念した曰く付きの城である。駐車場から馬場跡まで1.1km、40分所要とのことだったが、20分で到着した。曲輪などの遺構がしっかりと残り見応えがある。本丸にはかろうじて桜の花が残っていた。本丸から二の丸に下った先に12本もの竪堀が並ぶ「てのくぼり」は圧巻。この城の最大の見どころと言えよう。三の丸などはパスしてしまったのでまた、機会を見つけてこの城は攻めてみたいと思う。
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2018/04/01 19:55
mixiお城めぐりしようコミュ・全国一斉お城の日 (2012/04/29 訪問)
作楽神社となっている院庄館は隠岐に護送される後醍醐天皇が立ち寄った故地。天皇奪還を誓う児島高徳が桜の幹に十字詩を刻んだところでいくつか碑も建っているし児島高徳の銅像もあった。つい先日、児島高徳を主人公として描いた火坂雅志の小説「太平記鬼伝-児島高徳」を読了したばかりなので非常にタイムリーである。小説は隠岐からの脱出以降が描かれているので院庄館は出てこない。館の遺構としては土塁が残っている。
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2018/04/01 19:55
2018/04/01 19:42
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