石垣山城は「石垣山」と呼ばれる箱根からの派生する山上にあります。関白豊臣秀吉が天正18年の小田原合戦の際に築いた陣城で「家忠日記に石かけの御城」とあることから、「石垣山城」と呼ばれています。秀吉が一夜のうちに城が出現したように見せかけたとの伝承から「石垣山一夜城」とも呼ばれていますが、実際には聚楽第や大阪城に勝るとも劣らない普請工事であっとことを秀吉自身が書状にしたためており、秀吉入城までに3ヶ月の築城期間を要した関東唯一の豊臣秀吉の城郭です。
今も穴太衆により築かれた野面積み石垣が本丸や南曲輪などの各所に残り、谷を石塁で塞いで井戸とした井戸曲輪の姿は圧巻です。
小田原合戦の折、この石垣山城に日本全国の戦国武将達が集結し、どの様な思いを巡らし、どの様に戦ったのか妄想しているだけで、時間があっという間に過ぎてしまいました|゚Д゚))) この石垣山のどこかで小田原征伐に遅れた伊達政宗が白装束で豊臣秀吉と対面したのでしょうか( '-'* )?
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