田辺城の城域は市街地化されてしまっていて遺構は殆どなくわずかに水門が残っているのみである。
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2018/04/03 20:42
水門のみ (2012/03/11 訪問)
田辺城の城域は市街地化されてしまっていて遺構は殆どなくわずかに水門が残っているのみである。
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2018/04/03 20:39
白浜の隣町 (2012/03/29 訪問)
白浜町の隣、上富田町にある龍松山城もなかなかの城だ。山城ではあるが車で二の郭まで登れてしまうので攻城は非常に楽である。きれいに整備されていて郭や土塁が非常に見やすく、本丸からの眺望も良い。秀吉の紀州攻めでも3ヶ月持ちこたえて和議により開城という歴史を持つ。
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2018/04/03 20:34
詰の城 (2012/03/11 訪問)
安宅本城の詰の城として機能したのが八幡山城。さほど規模は大きくないが、横堀や郭の土塁などの遺構が非常に良好に残っている。
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2018/04/03 20:30
熊野水軍 (2012/03/11 訪問)
熊野水軍・安宅氏の本拠地である。民家の土台に石垣が覗くが飽くまで比定地のようである。
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2018/04/03 19:54
2018/04/03 19:41
この模型の出来は凄い! (2018/04/03 訪問)
勝幡駅前にある模型の出来栄えが凄い。流石千田先生監修!
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2018/04/03 10:58
近鉄電車からの眺め (2017/04/04 訪問)
枝垂れ桜は早く咲くから近鉄電車からはソメイヨシノと合わせ長く楽しめる。
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2018/04/03 10:40
2018/04/03 10:06
2018/04/03 09:12
2018/04/03 06:32
震災から一年 (2012/03/11 訪問)
日の出前ではあるが、まずは国史跡の新宮城へと足を向ける。紀勢本線の跨線橋が工事中でちょっと遠回り。冬の寒さの中、鐘ノ丸、松ノ丸、本丸と総石垣作りの城内を一通り、散策した。
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2018/04/03 06:26
青春18きっぷで烏山線完乗 (2012/03/20 訪問)
宝積寺から先の烏山線には7つの駅がありそれぞれに七福神が割り当てられている。列車も七福神のイラスト付きだ。終点の烏山駅は毘沙門山があるので毘沙門天。2011年6月に筑紫山頂まで到達しながらたどり着けなかった烏山城、今回は分りやすい7曲がりからの攻城。吹貫門跡付近の石垣は中々の物だし、堀切も大層な規模。とても見応えのある城だった。
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2018/04/03 06:06
青春18きっぷで2度目のスタンプラリー (2012/03/20 訪問)
今回の旅で狙う100名城は白河小峰城。震災で大規模に石垣が崩れ修復には5~7年かかると言うことなので、修復を待たず訪れることにした。想像以上に広範囲にわたって石垣が崩れている。三重櫓に被害がなかったのは不幸中の幸いというものか。スタンプ置き場の観光案内所が開く9:00まで駅前のローソンなどで時間をつぶす。
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2018/04/03 06:01
青春18きっぷ (2012/03/19 訪問)
雄大な三の丸空堀だが、歩道部分には震災の爪痕が残る。そして弘道館の被害は壁の剥落など更に生々しい。建物内には入れないため無料で開放されている。水戸城に来ると必ずチェックする水郡線が走る空堀に薬医門まで一通り見て回ってから水戸駅へ。水郡線に乗車して列車内から空堀を撮影した。
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2018/04/02 23:51
2018/04/02 23:39
2018/04/02 20:32
天正壬午の乱 (2012/04/15 訪問)
笹尾塁は城山公園として駐車場が整備されているので見つけるのに苦労はなかった。ここも土塁、虎口、郭などの遺構がしっかりと残っている。谷戸城、深草館、笹尾塁とも天正壬午の乱の際は北条方が詰めている。
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2018/04/02 20:28
金生遺跡の近く (2012/04/15 訪問)
北杜市考古資料館でもらった地図で金生遺跡の近くであることを確認。館跡であることを示す説明板などはなかったが、非常にはっきりとした土塁に囲まれた郭が二つ連なっていたのでまず間違いはないと思う。
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2018/04/02 20:24
美しい土の城 (2012/04/15 訪問)
初めて訪れたときは夏草が繁茂していたが、早春のこの時期は空堀や土塁がきれいに見渡せて土の城の魅力を満喫できる。
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2018/04/02 20:20
中央本線から見える岩山 (2012/04/15 訪問)
完全な晴れを想定していたのに大月は霧に包まれていた。満開情報が届いていた丸山公園も霧の中。岩殿山ふれあいの館も開館前なのでとりあえず山上の城跡を目指す。途中の階段や巨大な岩盤の上の見晴らしの良いところには既に大勢のカメラマンが三脚を立てて陣取っていたが、とても富士山が現われそうな気配は見られない。狼煙台跡の岩殿山頂上に歩を進めてみた。岩殿山山頂の標高は634m。東京スカイツリーの高さと奇しくも同じである。山頂を越えた先には堀切があり、兵舎跡や馬場跡、帯郭などの遺構を楽しみ、しばらく霧が晴れるのを待ったがかなり時間がかかりそうなので、富士の眺望は諦めて下山することにした。遠く大手門跡まで脚を伸ばしてから再び丸山公園へ。丸山公園の霧は晴れていて僅かながらも青い空も覗いていた。ふれあいの館の中を簡単に見て回ってから暫し満開の桜を楽しむ。岩殿城は小山田氏の居城で最後に武田勝頼が頼って裏切られる曰く付きの城である。真田の居城・岩櫃城への退避を勝頼は受け入れなかったわけだが、岩櫃城も岩殿城に劣らぬ峨々たる岸壁がそそり立つ堅城。岩櫃に逃げていれば信長もきっと勝頼を簡単に追い詰めることは出来なかったであろう。
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