おおたじょう

太田城

和歌山県和歌山市


旧国名 : 紀伊

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案内板の有る来迎寺前
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カズサン

三大水攻めの一つ太田城 (2017/05/16 訪問)

 一昨年の5月中旬湯浅温泉湯浅城に宿泊して朝高速を飛ばして和歌山市内の三大水攻めの一つ(他は備中高松城、忍城)と言われてる太田城を目指す、情報では案内板、石碑と言われており来迎寺を目指し周辺を車で回って駐車可能な場所を探すが適当な所が無く比較的車の往来が少ない来迎寺前にエンジン付けっぱなしで路駐し早々案内板と隣の小山塚石碑を撮影して終了。
 水攻め築堤の探訪は情報入手して無くパスしました。

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イオ

日本三大水攻め (2019/06/18 訪問)

備中高松城、忍城とともに日本三大水攻めに数えられる戦いの舞台となった太田城ですが、羽柴秀吉に降伏した後に廃城となったようです。
宅地化によって遺構は失われてしまいましたが、現在は本丸跡とされる来迎寺に城址碑と説明板があるほか、大立寺(和歌山市橋向丁)に大門が移築されており、来迎寺の北東約700mの和歌山市出水には太田城水攻めの際に築かれた堤が一部現存しています。また、来迎寺の北東隅には籠城した太田党の首塚のひとつ(小山塚)の碑があります(区画整理により本来の位置から移設)。

ところで、信用金庫裏手の駐車場から水攻め堤の写真を撮っていると、同好の方から声を掛けられ、その方がお持ちのパンフレット(和歌山市内の史跡案内で、最近発行されたばかりのものだそうです)によると、水攻め堤は、信用金庫の裏手から東に延びた後いったん途切れ、南東にカーブして農業用ハウスの先に続いているようで、一緒にそちらに向かってみると、形状が明瞭に残った堤と真新しい説明板を発見! こちらまで堤が続いているとは知らなかったので、その方に声を掛けてもらわなければ見落とすところでした。お名前も伺いませんでしたが、おかげさまで楽しく充実した城めぐりになりました。ありがとうございます。
 

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小城小次郎

太田城

備中高松城・忍城と並ぶ日本三大水攻めの舞台も、遺構はすっかり地中に没し、水攻め堤防だけがちょこっと残る。それはそれとして、紀州国造の紀氏が国懸神宮を守るために築いたお城と知ってちょいとびっくり。

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dougen

2016.9.4登城 (2016/09/04 訪問)

JR和歌山駅の東側に来迎寺があり、太田城址となります。
街中の平城の宿命から、遺構らしい遺構はありませんが、解説板と立派な石碑が設置されています。
また、秀吉が水攻めを行った城で、秀吉の築堤跡が周辺に残っています。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 なし
築城主 紀俊連
築城年 延徳年間(1489~1492)
主な改修者 太田左近
主な城主 紀氏、太田氏
廃城年 天正13年(1585)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、移築門
指定文化財 市文化財(大門)
再建造物 石碑、説明板
住所 和歌山県和歌山市太田