散歩途中に撮影しました。
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2018/12/29 21:19
西宮砲台 (2018/12/29 訪問)
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2018/12/29 18:20
家臣 悲しき (2018/11/17 訪問)
朝早く、家を出て登城しました。登城口は、いくつかあります。乾門枡形虎口から入りいきなり土橋と、土塁があって最高 城内は、いろいろ復元されていて、みどころがたくさんあります。
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2018/12/29 18:16
2018/12/29 14:08
続日本100名城のスタンプ84個目 (2018/12/24 訪問)
青春18きっぷで早川駅にアプローチ。朝駆けで早川駅から徒歩にて攻めて参りました。さほどの急坂登でもなく良いウォーミングアップになりました。前回2014年は晴天下で見応えのある井戸曲輪の石垣半分にだけ日が当たってしまって満足な写真が撮れなかったのですが、今回はまだ朝日が当たらない時間で良かったです。駐車場のトイレ前に置いてあるスタンプなので状態が心配でしたが、まずまずの状態を保っていてこれも良かったです。
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2018/12/29 11:33
黒田城 (2018/12/28 訪問)
夏の帰省の際に新幹線トラブルで寄れなかったので、今回リベンジです。
2時間くらいかけて石垣の大城郭をまわりました。
戦後、短大の寮として使われていたこともあるという多聞櫓。羨ましすぎる…。
細川家史料の発見によって天守があった説が出てきたのは記憶に新しいところ。決定づける史料が発見されることを期待!
旧母里太兵衛邸長屋門、立派でした。もこみちさんでも充分に入れそうなくらい大きかったです。
ちなみに、うち(実家)では「福岡城」と言っても通じません。「舞鶴城」または「黒田城」または「大濠公園のお城」です。そして平和台球場、懐かしすぎ(^^)
年末年始のスタンプ情報は写真⑨のとおりです。
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2018/12/29 10:27
近世城郭の先駆け (2017/06/16 訪問)
安土城は比高105m程の山に築かれている平山城です。日本で最初の大規模な総石垣造りの城郭で石垣造りの巨大な枡形虎口も、この城から普及しはじめたと云われています。もっとも注目すべきは、本丸にそびえていた天主で地下1階地上6階といわれる巨大な天主はそれまでの日本建築には存在しなかった大規模高層建築です。
安土城には何度か足を運んでいますが、最初に登城した頃は入城料もなく、駐車場も路駐的な駐車スペースといったものだったと記憶しています(違ったかな( '-'* )?)安土城に行く度に、石垣と大手道・家臣たちの住居跡を観て感動しています。
ただ、伝羽柴秀吉邸・伝徳川家康邸・伝前田利家邸といった伝の邸宅跡に疑問があり、何故(?_?)織田信長の家臣でもない徳川家康の邸宅があったのか(?_?)何故、筆頭家老の柴田勝家・明智光秀、各方面軍の武将達の邸宅が無いのか(?_?) 前田利家は柴田勝家の与力の立場でありながら大手道の直ぐ横に邸宅を与えられているのは何故なのか( '-'* )?等々、色々妄想をめぐらせながら登城していました。
いづれにしても、織田信長をはじめ前文で挙げたビッグネームの方々が色々な思惑でこの城を訪れていたかと思うと感慨深い思いで、ここに住み着きたいとの思いも出てくる始末です(*´∀`*)
次回、安土城を訪問した際は、現在は立ち入り禁止となっている搦手道から八角平に行ってみたいと思っています。(怒られるかな!)
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2018/12/29 10:03
北ノ庄城~福井城からほど近く~ (2018/12/22 訪問)
福井城に行きスタンプをもらった後、柴田神社(北ノ庄城)という看板を見つけたので歩いて行きました。
福井城からは700mくらいのところにあります。
僕は以前から福井市に名将柴田勝家の居城があることは知っていましたがこんな近くにあるとはビックリしました。
しばらく歩いていると、それらしき神社の鳥居が見えたのでくぐって境内に入りました。そして少し行ったところに柴田勝家公の像がありました!図鑑やなんかでも見たときのある像だったので「こんなところにあったのか!」と感動してしまいました😂さらに後ろには浅井三姉妹の像もありました。
その隣には立派な神社があり、初詣とかでは賑わうのかな、とか思いを馳せました。
また、柴田神社の後ろ?隣には、資料館があり柴田勝家や福井城の歴史について学べます!
北ノ庄城跡、遺構はほぼありませんが楽しめました!!
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2018/12/29 09:33
住宅地の中にあっても遺構は健在です。 (2018/12/04 訪問)
閑静な住宅街の中に公園に整備された茅ヶ崎城跡がありました。
整備されていますので、舗装された道になっていたりと手は入っていますが虎口や各郭や堀道、土塁がを見ることができました。
住宅地の中にある割に、残った土塁は高く、堀道も歩くとなかなか雰囲気がありました。
本格にある館の礎石のような石達も城に来たことを実感させてくれました。
私の探し方が悪かったのか、駐車場は見当たりますかんでした。
入り口付近に停めてダッシュで見学してきました。
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2018/12/29 00:52
2018/12/29 00:12
岸和田城 (2018/12/11 訪問)
模擬天守ですが、石垣や濠と良く合っている気がします。
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2018/12/28 23:37
越後の龍飛翔 (2013/07/21 訪問)
諏訪神社から登城し、城山登山道を長峰口から登ると10分程歩いた所で遊歩道陥没の為、立入禁止でした。戻って千人溜口から登城するも、15分程時間をロスしてしまったので、走っては写真を撮るの繰り返しで本丸へ。
本丸は鶴城山(標高227m)の山頂で、城下との比高は130~150m程あり、長尾景虎公(後の上杉謙信公)の初陣の地と伝わる栃尾城の戦いのあった城下を一望できます。いい眺めだったのですが、本丸でクマバチとモンスズメバチ?が喧嘩していて羽音が凄かったので、スズメバチには十分ご注意ください。
下城中に、行きは走っていたので見落とした湧水を見つけて「景虎公の勝水!」と、ありがたく2杯頂戴しました。マイリバさんのコメントの通り、「越後の龍にシンクロ」できたような気持ちになりました。
諏訪神社から本丸まで往復で1時間くらいだったと思います。カルビンさんのコメントのように、春日山城と同じくらいの規模がありました。本拠の春日山城よりも小さいだろうという先入観のせいで散策時間を見誤ってしまい。三の丸やびわ丸等を見る時間が全然足りませんでした。じっくり遺構を見学したい方は2~3時間は見ておいたほうがよさそうです。
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2018/12/28 22:58
山家三方衆奥平氏の本城 (2018/12/08 訪問)
古宮城に程近いところにあるお城。堀や土塁もしっかり残っています。お城のすぐ下に道の駅があって、散策後の食事や休憩ができるのもよい立地です。旧作手村には他にも山城が多くあるので、道の駅を拠点に散策するとよいかも。
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2018/12/28 22:47
武田軍三河侵攻の城 (2018/12/08 訪問)
TVなどで紹介された通り、土塁と堀が一山全体に構築されていて圧倒される。城は大堀切で西と東に分断されており、一城別郭となっている。元の山がどんな地形だったかわからないが、よっぽどの築城技術がなければこんな城は造れないのでは。
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2018/12/28 20:46
初心者には良さが解りませんでした (2014/06/04 訪問)
お城初心者時代(今も良く解っていないカモ(汗))に、各サイトにて及第点の評価だった小泉城に行ってきました。
当時土の城に関しては土塁・堀がどういうものか解る程度で、石垣でないコンクリートの水堀壁が残念で仕方ありませんでした。
が、今にして写真見ると、意外とレベル高いお城だったんだなぁと感心してますw
土塁と水堀がメインのお城ですが、土塁が意外と高く長くヶ所多く、城址公園となっている城域も思いの外広く、中途半端なお城に比べて全然見れるお城だったんですね。
東武線小泉町駅と西小泉駅の中間地点にあり、それぞれの駅から線路沿いに進むと小泉城址公園に行きつけます。
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2018/12/28 15:11
人柱伝説のある「丹後沢」 (2016/10/01 訪問)
磐城平十万石藩主となった鳥居忠政が12年かけ築城した際、自然の沼を拡張して掘りを造ろうと堤防を設けたが大雨の度に決壊したが、占いにより丹後という95歳の老人が人柱になった。以後、堤が切れる事がなかったとの事で、こへんを「丹後沢」とよぶになったの伝説が残っている。
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2018/12/28 11:05
勝頼さま没から80日後くらいに🔥 (2018/12/16 訪問)
伝家康邸跡に再建された信長の菩提寺、摠見寺の拝観料込み1,200円で入城しました。
ご本尊は撮影不可でしたが厳粛な空気が漂っていました。
屋敷跡から続く大手道の石段、石垣など 撮影ポイントだらけです!
築城に駆り出された人たちは、信長に無茶振りされたかわいそうな人たちというイメージだったのですが、「火天の城」を思い出しながら、これだけの石垣と天主構築に携われたというのはやはり誇らしいことだったにちがいないと確信しました。
信長公本廟、本丸跡、天主跡とまわったあたりで、何となく福井の方と神奈川の方とグループ行動になり(^_^)、一緒に摠見寺本堂跡、三重塔、二王門とまわりました。百々橋口は通行止めだったので左に折れて伝秀吉邸跡に戻りました。(入口の案内では大手道に戻るしかないと言われましたが、パンフレットにある通りの帰り道で戻れました。)
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2018/12/28 06:09
続日本100名城スタンプ83個目 (2018/12/16 訪問)
駐車場に近い東出構、西出構を堀越しに眺めつつ、乾門桝形から二の丸、本丸へと向かいました。帰路は馬出、三の丸、丸馬出と辿ったので新府神社の石段は利用しないで済みました。午前中に御坂城、要害山城と無理をしたので、身体に負担の少ないルートは良かったです。見映えのする遺構もしっかりとチェックできますし。
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2018/12/28 00:01
2018/12/27 23:22
夜の城景 (2018/12/26 訪問)
名古屋城の西にある、ホテル ナゴヤ キャッスル11階のレストランクラウンで晩御飯を食べて来ました。名古屋城大天守の真西にあるホテルなので、大天守を正面に見ることができます。
ピアノを生演奏しているようなお洒落なお店なので、天守の写真を撮るにも少々の気合がいるのですが、大天守が建替えでなくなってしまう前の最後のチャンスだったので意を決して撮ってきました。ここからの西北隅櫓の写真はネットでも見たことないので、貴重かも・・・しれません。
私のような一庶民には少々高いお店なので、何かの記念日にしか利用しません。窓際の席で何かの記念日だと伝えておくとお店の方が写真を撮ってくれるのですが、それだと天守がちょっと小さい(;^_^A
もちろん、普通の食事でも写真頼めば天守バックに撮ってくれますが、遠方から来られる方はホテルに宿泊した方がゆっくり城を眺められていいかもしれません。夜も朝も名古屋城を見られるし。
ホテルを出ると北東に西北隅櫓があり、こちらもライトアップして綺麗でした。堀にも隅櫓が映り二つの櫓に。ライトを反射した水面の波紋が隅櫓の白い漆喰の壁に映り込んで幻想的で、大天守がなくなる寂しさを少し癒してくれました。
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2018/12/27 23:10
信康の首を刎ねたが為に (2016/04/02 訪問)
今川⇒徳川⇒武田⇒徳川と、時の権力者にその支配を奪われ変わりまくった天方城。
再び徳川の支配下に置かれた際に首藤通秀が城主となり、転じて天方氏を名乗るようになります。
その息子・道興が、切腹を命じられた松平信康(家康の長男)の立ち合いをした際、服部半蔵が介錯をするのに涙で良く見えないと言って躊躇したのを見て、代わりに介錯したとされます。
(実はこれ半蔵の策略で、主君の息子の首を落として自分の明日は無いと思って芝居したとされている)
おかげで道興は良心にかられて高野山に登り、代わりに家を残す為に遠い親戚で家康の小姓をしていた道直を後継にしたとされます。
・・・とまぁ、歴史的には色々興味をそそられますが、それはそれw
お城としての天方城はと言いますと、山の頂上を主郭とし、山裾に横堀・土塁の走る比較的規則正しい形状の場所になっております。
公共交通機関の訪問は困難ですが、車で城址公園となっている山頂の駐車場まで行けるので、山城ではありますが全然登必要はありません。
ただ、山上までの道が対向車とすれ違いが困難な程細いので、十二分に注意が必要です。
堀・土塁・虎口等、城址公園にしては遺構が当時のままと思われる形状・深さ・鋭さを維持してますので、遠くからここだけを目当てに来たとしても結構満足出来るのでは?と思える場所でした。
ま、車での訪問でしたら近く(10km圏内)にレベルの高いお城転在しているので、複数ヶ所一緒に訪問が良いかと。
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