この距離が約400年と思うと,いろいろと考えたり…,まばたきひとつであっという間にも思えたりで…。
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2018/12/20 19:49
2018/12/20 16:46
呪いの木
とある木を写真でとろうとしたら友達も私も二人とも携帯を落としました。
という話を友達から聞きました(笑)
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2018/12/20 12:12
堀や小口や土塁など、見所のある城跡です (2018/11/27 訪問)
小高い山の上にある腰越城です。
竪堀、横堀も見ることができ、珍しい囮小口も確認できました。
皆様の投稿にもあるように車は城跡の入り口の近くにあるセンターパトリエの広い駐車場に停めることができました。
入り口の看板を目印に登城を開始です。
山に入るとすぐに雰囲気のある柵のある入り口です。
そこからまっすぐ進む本格的に山の上へと続く階段がありますが、この階段にはなかなか息が切れました。
登り切っていよいよ城跡ですが、案内板や階段なども整備されていて見学しやすいようになっていました。
わかりやすい竪堀や横堀はもちろんのこと、囮小口などの所々のポイントも見過ごすことなく押さえることができました。
本郭やニノ郭などの構図や、それぞれの郭までの堀、それを仕切る竪堀など見所が満載です。
また、食い違い小口など、城跡の欲するポイントもありますが、その中でもなんといっても囮小口がいい!
一見普通の小口のように登るといやいや、罠です。
囮小口には騙されてしまいました。
なるほど、これは面白い。
当時は面白いでは済まされないでしょうけど。
わずかですが、石垣も見れてかなり満足な城跡でした。
中世城郭を確認する上では理解しやすい素晴らしい城跡ではないかと思います。
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2018/12/20 06:52
続日本100名城スタンプ78個目 (2018/12/15 訪問)
スタンプ置き場所の嵐山史跡の博物館に嘗ては、国史跡・比企城館跡群の菅谷館、杉山城、小倉城、武蔵松山城のリーフレットが置いてありましたが、なくなっていました。小倉城の城内にはそのリーフレットがありましたが、菅谷館、杉山城のものはありません。もっと立派なパンフレットを作ったからなのでしょうね。博物館の企画展・越山~上杉謙信侵攻と関東の城、興味深く拝見させて頂きました。
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2018/12/20 00:16
二本松の松は二股と聞く。今度確かめに参る! (2018/06/16 訪問)
名作大河「独眼竜政宗」で政宗(渡辺謙)が二本松畠山氏の当主義継の面前でそのコウモリ外交を揶揄したセリフです。当主を継いだ直後でイキっていた居丈高な態度が悲劇を生むわけですが…。そんな二本松城、戊辰戦争では二本松少年隊の悲話が残るなど、歴史の表舞台にたつものの悲劇の城というイメージです。登城口に向かうと、まずは二本松少年隊の迫力ある銅像がお出迎え。そこから正面を眺めると左右に広がる高石垣の上に、二層隅櫓、櫓門、多聞櫓、土塀などが復元されており、このお城の「宣材写真」で使われる構図が広がっています。箕輪門をくぐって三の丸へ進むと二股どころではない立派な枝ぶりの松が何本もありました。山頂の本丸は徒歩でも行けますが、時間の都合で一旦戻り車で移動、対向車きたらアウトの狭い道を上ると駐車場に到着、歩くとすぐに展望が開けて迫力の本丸石垣が現れました。平成に入っての復元とのことで、最初は巨大な天守台のように見えましたが、石垣の上全体が本丸で天守台はその中にさらに積まれており、ほか複数の櫓台跡で構成されています。スゴイので必ず寄ってください。
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2018/12/20 00:11
祈恋 (2013/07/20 訪問)
春日山駅から徒歩で訪問しました。駅から大手口入口まで徒歩25分くらい。大手口から南三ノ丸屋敷跡、柿崎和泉守屋敷跡、景勝屋敷跡、井戸曲輪、実城(本丸)跡まで、写真とりまくっていたので1時間くらいかかったのですが、普通に歩けば25~30分程の道のりだと思います。多数の方は春日山神社の方から登城すると思うのであまり役に立たない情報かもしれませんが・・・
春日山城の麓にある林泉寺も上杉(長尾)氏以外にも、堀氏や榊原氏の墓等があるので、堀氏や榊原氏が好きな方なら訪れてよいと思います。私が訪れた時も堀氏の墓の前で熱心に手を合わせている一人の女性の方がいて、非常に印象に残っています。堀氏の墓は堀秀政・秀重・秀治のものは確認できました。
また、林泉寺にあった大槻磐渓(おおつきばんけい)翁の春日山懐古の漢詩も胸を打ちました。
江戸時代に既に謙信公を慕って春日山城へ来て往時を懐古する人がおり、自分も磐渓翁に遅れること100年以上経って、同じように春日山城と公を懐古している。なんとも不思議な感情になりました。
最後の写真は大正初期の春日山城の絵葉書です。昔、ヤフーオークションで落札しました。手持ちの中で一番古い春日山城の写真です。今見ることができる春日山城よりは公の時代には近いですが、本音は天正時代の春日山城を見てみたいです。タイムマシーンがあれば私が真っ先に見に行く城、それがここ春日山城です。
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2018/12/19 23:42
Oh!親愛なる日本人よ。 (2017/08/27 訪問)
城内では,セルフサービスによるビデオ放映がアリ。視聴していると,平気で前を通り過ぎる人の群れ…。残念なことに,日本人でした。アメリカ人と思しき方は,しっかり裏を廻っていたのに…。
運が悪いことというのは時として続くもので,月見櫓の画像を誤って削除してしまうという悲しい現実…。
おみやげは,敷島堂の“瀬戸内レモンサブレ”で。日持ちするし,フルーティーな岡山らしさが出ていることから。
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2018/12/19 23:38
石づくりの山城 (2018/12/15 訪問)
番場バス停から南に延びる宿場を進むと左手に鎌刃城入口(3㎞コースの44ガード)がありますが、そこはスルーしてまずはスタンプ置き場の源右衛門さんへ。
「どうか熊に会いませんように。パンパンッ!🙏🙏」の気持ちをこめてお賽銭箱のようなボックスにパンフレット代100円を投入しました。
源右衛門さんからさらに少し進んだ左手の民家の間の道を抜けると、2㎞コースの入口、43ガードです。都会派女子なので(←何を今さら…)、この標準コースを選択しました。
それほど急な山道ではありませんが、かと言って平坦なわけでもなく、結構距離があって、狭い崖っぷちもたまに通ります。それから、ダイナミックな倒木の先が突き刺すようにこっちに向いているのがマジやめてほしいと思ったのと、何か所か設置してあった大きな「熊よけ缶」が逆に怖かったのと…で、遺構群に到達するまでは楽しむ余裕は全くありませんでした。
ですが、突然大堀切が現れた時には脱力するくらいに感動っ☆彡
ここが山の上だとは俄かには信じられないくらいの石積み。500年以上前の戦国期の先駆的な大城郭跡を目の当たりにして、いろんなものが吹っ飛んでいきました(^O^)/
木組みの大櫓と物見台がありましたが上がっていいものかどうかわからず…万が一床板踏み抜いて破壊してしまったら歴史に名を残すことになってしまうかもしれないのでやめておきました。
西郭は私ごときが行ってはいけないところだと思ったので行かずに下山を始めたところで、第一城人発見!こんなところで人に会うと、会話もしたくなります。ハイカーさんではなくてお城巡りの静岡の方でした。
下りは、はじめは43ガードに戻るつもりだったのですが、途中の土橋のようなところの分岐に「←蓮華寺」と案内看板が出ていたので、ついそっちに曲がってしまいました。蓮華寺は宿場入口に近い方にあったので、もしかして抜け道?と思ってしまったのです。その道が3㎞コースだ(゚д゚)!と気づいた時にはもう遅い。仕方がないのでそのまま進み、とりあえず44ガードから脱出しました。
そして、改めて正面から蓮華寺へ。鎌刃城主土肥元頼の墓所があります。また、1333年に六波羅探題北条仲時ら430余名が自刃した地であり(知らなかったけど)、山の方に向かってたくさんの供養塔がありました。
いつか西郭に行けるくらい大人になったら( *´艸`)、青龍の滝にも行ってみたいです。
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2018/12/19 22:35
上田城 (2018/11/06 訪問)
真田‼
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2018/12/19 21:23
朝駆け (2018/12/16 訪問)
ついに同じお城2度目の投稿をする事になりました(汗)
前回書いた時にはこんなに早く再訪するとは思ってなかったので(-ω-;)ゞ
前の投稿は夜間開催中の訪問でしたが、今度は早朝暗いうちの朝駆けしてきましたw
正直夜に訪問した事に満足したのは何だったんだ・・・と思える程、早朝見学して見ていなかったエリアが、思っていたレベルとは程遠く広かった事に愕然orz
個人的に特に素晴らしいと思ったのが、南側にある御殿跡から見る鉄門跡方面の石垣でした。
眠い中次の訪問地への移動前に朝駆けしてきて大正解でしたヽ(゚◇゚ )ノ
・・・しかしここで満足してしまい、小早川秀秋の菩提寺・瑞雲寺を訪問するのをすっかり忘れてしまったのですがw
岡山駅から岡山城に行くには路面電車(岡山電気軌道)で城下駅に下車するのがオススメです(片道100円なのでりーずなぼーw)
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2018/12/19 20:58
小倉城
3度目の小倉は快晴!外観復元のあり方で物議を醸した南蛮式天守も、これはこれでまずまずカッコいいとは思う。
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2018/12/19 19:43
千葉氏一族の小竹さんのお城。 (2018/12/15 訪問)
私も若い娘のように何でも「かわいい~!」って言いたくないのですが・・・。
この「小竹城」の土塁、かわいいんです。フォルムがよそられたご飯みたいです。
全体の写真を撮りたかったのですが私有地らしくアップで我慢です。
空堀も健在ですが草をかき分けて進む勇気が出ませんでした。
100名城、続100名城以外の千葉のお城も楽しいですね。
投稿、参考になりました。ありがとうございました。
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2018/12/19 08:02
大和争乱の渦中。 (2018/12/16 訪問)
法隆寺などがある斑鳩の里の観光を一通り終えて、時間が余ったので、なんとなくついでに寄ってみました。
筒井城は近鉄筒井駅の東北に位置していて、東西400~500m四方の城館だったようです。
築城時期ははっきりしたことは不明ながら永享元年(1429)には存在していたようです。
天正八年(1580)に廃城となるまでの約150年間にわたり筒井氏の本拠地であり、畠山氏の家督相続に巻き込まれたり(←いわゆる応仁の乱の元凶)大和国内の覇権争いで攻め落とされたり…何と8回も攻め落とされてるようです(第一次~第八次筒井城の戦い。詳しくはWikipediaをご覧下さい…)。
しかしその度に筒井氏の手に戻り、天正年間にはかの筒井順慶によって近世城郭化が試みられたようです。
まぁ結果的に郡山城に移ることになり、改造途中の筒井城は廃城の上で資材も移されたようですが…。
現在、城跡の大半は畑や宅地となっていまして、パッと見何も残ってないんじゃないかなんて思っちゃいますが、実際に歩いてよーくみますと、堀や土塁があった痕跡やら不自然な高低差やらを見ることができます。
近鉄線のすぐ東に平行して南北にのびる吉野街道を歩いて見ても、城跡のあたりとか真っ直ぐじゃないんですよ。わずかにカーブだったり折れ曲がってたりして、見通しをあえて悪く造ってあります。これこそが城下町の名残だそうです(写真取り忘れた…無念!)。
歩いていて痕跡が所々に残っているおかげで規模が体感しやすく、非常にブラタ●リ的な楽しみのある城跡です。
しかし、ほとんどは畑や宅地などの私有地ですので、くれぐれも見学にはご配慮を…。
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2018/12/19 06:56
比企城館跡群 (2018/12/15 訪問)
比企城館跡群として国史跡に指定されている小倉城。菅谷館に赴く前に9年ぶりに再訪してみました。樹林の中の城というイメージだったのですが、同じく比企城館跡群として国史跡に指定されている武蔵松山城と同様、樹木が大幅に伐採されていてとても見栄えが良くなっていました。石垣もあるし、流石、国史跡と言った感じです。
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2018/12/19 03:21
半兵衛の城 (2018/12/18 訪問)
禅憧寺からハイキングコースで登った
頂上からの一望が綺麗でした
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2018/12/19 00:19
奥州の入口 (2018/11/24 訪問)
行って来ました❗
震災で崩れた石垣が修復されていました。
良かったですね😃
駐車場も登城するのも無料です。
白河駅も目の前です。
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2018/12/19 00:11
祝!国宝指定 (2015/10/25 訪問)
築城主は「仏の茂助」こと堀尾吉晴かと思いきや息子の忠氏という資料もあります。司馬遼太郎さんの「関ケ原」では小山評定前夜に山内一豊に城提供の策をつい漏らし、当日まんまと先を越されたエピソードが印象にある人です。松江歴史館の映像資料によると松江築城に際し、吉晴は当初、別な地を推しており、色々あって忠氏の推す現地に築城したとのこと。忠氏が完成前に早世したため、資料によっては藩政に復帰し工事を完成に漕ぎつけた吉晴になっているようです。ちなみに城正面にある銅像は吉晴公です(笑)。表題のとおり、訪問は2015年10月で同年7月の国宝指定直後です。元々計画しており狙ったわけではなかったのですが、結果タイムリーでした。天守は黒を基調にした望楼型、ドッシリしてますが五重六階あります。内部に井戸があったのが珍しかったです、少なくとも現存天守ではここだけではないでしょうか。また天守以外にも立派な高石垣やほぼ現存している内堀など見どころがたくさんありました。せっかくなので「水燈路」というライトアップイベントの時期にしたので、夜に再訪しましたが燈火に浮かぶ城郭群は昼と違った景色でお勧めです。内堀を出発しお城を周回しながら、水郷松江を巡る「堀川巡り」も楽しいので、ぜひ乗船してみてください。
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2018/12/18 23:38
中津城
天正年間に黒田官兵衛によって築かれた海城は「日本最古級の総石垣近世城郭」。石垣を大きくはみ出したいびつな五層天守は史実を捻じ曲げた存在ながら、不均衡な美しさを保っている。
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2018/12/18 22:38
赤穂浪士のふるさと (2018/12/15 訪問)
三の丸隅櫓がある大手門を抜けるとまず出てくるのが、近藤源八の宅跡長屋門。こちらは土日のみ見学ができて、記念のスタンプも置いてあります。
また、スタンプの横にある手描き風の赤穂マップがとても素敵で、色々巡ってみたくなります♪
江戸時代の武家屋敷が残っているのは、この源八長屋と、斜め向かいにある大石内蔵助宅跡の長屋門のみです。
内蔵助宅跡を過ぎて、城内にある大石神社へ。
こちらは赤穂浪士の石像がずらーっと並んで圧巻!
義士宝物殿など忠臣蔵の史料館は見ごたえたっぷりです。
史料館の1つ、内蔵助庭園には子宝陰陽石というものがあり、その石を撫でると子宝に恵まれたり夫婦円満になるという言い伝えがあります。
そしてここは、浅野内匠頭の刃傷事件を知らせる早かごがくぐった門の裏。そのときの様子が人形で再現されているので、イメージしやすいです。
神社を出て少し歩くと立派な本丸櫓門が見えてきます。天守は築かれなかった天守台に上ると、二の丸の美しい日本庭園までかなり広範囲で見渡せます。
是非上ってみてください。
最後は大手門近くのお土産・お食事処で名物「討ち入り蕎麦」をいただきました!
美味しいのでこちらもオススメです☆
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2018/12/18 19:06
美味しかったカレー
山中城の駐車場の目の前にあるお店に100名城スタンプがあります!
お腹もすいていたので入ってみると様々な個性的なメニューがありました!
障子堀ワッフルなどがありました!
しかし僕はカレーを頼みました!
大のカレー好きです!
そのお味は…
めちゃくちゃ美味しかったです!
福神漬も他のものとは比べ物にならないくらい美味しかったです!
お城の説明もしときます!
このお城はなんといっても無数にはられた障子堀!
入ったら抜け出せない程の深さです!
入ってみたらぬけるのに5分程度かかりました!
なぜ長く持たなかったのかと疑問に思った方も多いのではないでしょうか!
このお城は小田原北条氏のものでした!
しかしこの時期もうすぐ天下を取るという豊臣家に反抗していたので諸説ありますが3万余りの兵で攻撃され、半日間で落城しました。
城マニアにはかかせないこのお城!
ぜひいってみてください!
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