秀吉による水攻めが有名な備中高松城。城の周囲は湿地になっており、水攻めの堤跡も少し離れていますが残っていたり、清水宗治公等の首塚等があるので散策には事欠きませんでした。
城兵の命と引き換えに自害した城主・清水宗治公の忠義ぶりに心が揺さぶられますが、首塚にあった『従四位』の文字を見て、少し思うところがありました。
従四位は宗治公の功績を称え、大正13年に贈られたそうですが、宗治公が自害した一日前、越中・魚津城で織田信長の軍勢に攻められた上杉家の吉江景資公らが自害したと伝えられています。景資公らにはもちろん従四位なんて官位は贈られていません。同じく主家の為に命をかけたのに・・・すいません、完全に個人的な愚痴です。
羽柴秀吉が本陣を構えた石井山まで足を伸ばすと、水攻めのイメージがつきやすいかもしれません。ドラマ等でよく見る、城から小舟で出て水上で舞ってから自刃する宗治公の姿が見えるような気がします。
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