旧大和川と淀川の合流地点である榎並荘に三好政長が築いた城で、政長の子の三好政勝が城主となり、三好長慶の包囲に8カ月間耐え抜いたものの、江口城での政長の敗死により、政勝は瓦林城に撤退し、榎並城は廃城となったようです。
遺構はありませんが、城域と考えられる榎並小学校前には石碑と説明板が、隣接する野江水神社の由緒書きにも城内に社を建てたとする記述があります。最寄りの地下鉄・野江内代駅から小学校前の石碑に行くには野江水神社を抜けるのが近道ですが、境内への入口(裏手)には数段の石段があり、神社のあたりが高台になっていることを実感できます。周辺は川の合流地点で水害の多い低地であることからも、この高台一帯が城域だと考えられます。
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