北の二ノ丸跡に大型複合商業施設のリバーウォーク北九州が建っている関係で、南側から天守を見ると赤い大きな建物や高いビルが後ろに見えて、何とも不思議な景観になります。
天守と周囲の景色の異質さは、築城主の細川忠興のイメージに合ってる様な気がしますが、城址を散策してみると、茶筅塚(ちゃせんづか)や筆塚や花塚等、細川氏の後に小倉城主となった小笠原氏由来の塚があり、小笠原氏の文化的な面を感じることができました。
土塁が好きな方には、小倉城の西側にある思栄中学校の西側に三ノ丸の土塁が残っていますが、高さは2mあるかないかくらいでした。
小倉城の北東の紫川に常盤橋が木で復元されていますが、往時より川幅が広げられているので、往時の姿と同じというわけにはいかないようです。常盤橋の詳細な説明を読むと、九州の各街道がこの橋に連なっていたので、九州における日本橋のような所だったとのことでした。また、伊能忠敬先生が九州の測量をこの常盤橋から開始したそうで、測量記念碑もありました。九州測定開始の時、伊能先生は御年64歳だったそうです。
+ 続きを読む










