織田・徳川vs武田の激戦地。
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2019/03/27 02:16
遠州の覇者になりえる城 (2019/03/26 訪問)
織田・徳川vs武田の激戦地。
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2019/03/27 02:10
もう少し整備を (2019/03/26 訪問)
サポートセンターが出来たのは喜ばしいが、最寄りのJR金谷駅からの導線が乏しい。また城内の掲示板をもう少し設置してほしい
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2019/03/27 00:46
2019/03/26 22:43
巨大山城に脱帽 (2019/01/04 訪問)
とにかく凄い山城でした。
初沢城をリア攻めした後、再び高尾駅に戻りバスに乗ります。
4泊5日の電車旅で生活用品を満載したザックを背負いそのままバスに乗車。
この判断が後で大変な後悔をすることに。荷物はコインロッカーに預けましょう。
バスは高尾駅北口から霊園22美山町行きに乗りました。
この日は平日で霊園正門で下車。休日は近くまで行ってくれるそうです。
霊園正門からは一本道をただひたすら歩きます。
案内所まではバス停から約20分。途中に無料のガイダンス施設もあります。
広い駐車場もあり無料の様です。
ここからはまず麓の御主殿に向かいます。いかにも北条の城って感じの遺構が
整備されており気分は上々です。
御主殿を見終わってから山頂の遺構に向かいました。
複数の小郭群が道脇に連続して設けられており柵門台まで続きます。
豊臣軍と北条軍の激戦が展開されたとされる場所です。
投石攻撃により豊臣軍は苦戦し、戦闘は総攻撃開始から4時間続いたそうです。
山頂には大小複数の郭群があり最高所に主郭があります。
展望台は登山者でにぎわっていました。
天気が良かったので都心の高層ビル群や関東平野を見渡すことができました。
北条軍は後詰も無い絶望的な戦いが始まるまで、何を思いこの景色を見たのでしょうか。
主郭を後にし更に詰城を目指します。
ここからは山腹の細い道を歩くことになるので注意が必要です。
少し歩くと駒冷やし場の堀切にでます。登ってきて初めて目にする立派な堀切です。
更に歩くと石がごろごろした坂道があり、登りきると詰城または大天守と呼ばれる
小郭にでます。詰城のすぐ下には、これぞ北条という大堀切があります。
疲れが一気に吹っ飛びました。
詰城から尾根伝いに石積群が続きますが殆ど崩れていました。
足もふらついてきたので、石積の散策は諦め途中で引き返し下山。
帰りはバス停まで歩くのは諦めタクシーで駅まで。
全ての遺構を見る事は、かないませんでしたが、とにかく城の範囲が広くお腹いっぱいになりました。
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2019/03/26 22:16
2019/03/26 22:09
2019/03/26 22:00
ぐるっと一周、土塁&掘。 (2019/03/23 訪問)
「金山城」の後で江田 行義さんの「江田館」に行きました。
江田 行義さん、新田 義貞さんの鎌倉北条氏討伐にも参加しました。
戦国時代は「金山城」の出城として改修したそうです。
虎口からおじゃまします。
80㍍ × 100㍍の館跡で折があります。
本丸は木がないので広く感じます。
土塁の上、掘底、走れます。
ただし、空堀だと思ったんですが水掘になっている写真もありました。
確認、お願いいたします。
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2019/03/26 20:44
2019/03/26 20:07
電車でGO! (2014/04/10 訪問)
今井城はJR八高線金子駅から歩いて20分弱のところにあります。
住宅地の目の前の林が城址ですが、駐車場は無く、駐車出来る場所も無いと思って頂いた方が良いです。
なので電車で訪問されます様・・・八高線は東京都内を走る電車としては本数が少ないと思われがちですが、それでも30分に1本は走ってますので、それ程待つ事もありません(自分通勤で使ってますしw)
住宅地が目の前にあると言う事で、よく開発の手を逃れて保存されたもんだと感心します。
遺構の残り具合も東京都内に残るお城の中でかなり上位に入りますし、その保存に関しても城域を傷付ける様な行動には罰金を科す・・・という注意書きも(汗)
しいて言えば城域が住宅街の目の前過ぎで、地元の方々の目が気になって城址に入り辛いって事でしょうか・・・
(カメラ構えて住宅地歩くってかなり怪しいですよね(汗))
なので、礼儀正しい見学を心がけましょう(ーωー;)
再訪したいとは思っているものの、コラボで訪問する場所が近くに無い為、なかなか行く機会が・・・今どうなっているのか凄く気になります。
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2019/03/26 18:49
一口城主 (2019/03/17 訪問)
修学旅行では二の丸御殿しか行ってない(はず)ので、本丸に入るのは今回が初めてでしたが、案内表示によれば、この日は改修工事中のため本丸庭園は一部しか入れず、天守閣跡も観覧できないとのこと。嗚呼、なんてこったい…。
やむなく本丸庭園から東橋に引き返し、桃山門から南門に寄り道して南中仕切門、梅林を抜けて天守閣跡を内堀越しに眺め、移築された旧二条城の石垣を見た後、西橋からまた本丸に入って本丸御殿の修理工事の様子を眺め、西北土蔵から北中仕切門、鳴子門に寄り道して清流園を抜け、大休憩所でスタンプを押して、二条城をひとめぐり。
二の丸側は絢爛たる「美」の世界でしたが、本丸側には櫓門あり、喰違虎口あり、出枡形あり、雁木ありと軍事機能も備わっており、お城としての「武」も充分に堪能することができました。そして、この日行けなかった天守閣跡は本丸御殿が再公開された時の楽しみにとっておくこととし、わずかでも修理事業に協力すべく総合案内所で一口城主の募金をして、二条城を後にしました。
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2019/03/26 18:45
絢爛豪華 (2019/03/17 訪問)
小泉城から御土居をいくつか巡った後、目指すは二条城。昨年秋に訪れる予定だったのが、台風被害もあって延び延びになってしまい、4月から入城料が改定される(実質値上げ)前に行っておかねばという貧乏くさい理由です(あわせて京都御所の特別公開に行きたい、という真っ当な理由もありますが)。
開門の少し前に着いたので、反時計回りに外堀を一周してから、駐輪場に自転車を駐めて入城します。二条城に入るのは小学校の修学旅行以来で、当時の記憶といえば二の丸御殿の鶯張りの床くらいのものでしたが、唐門でいきなり圧倒されてしまいました。極彩色の彫物と金色の飾り金具で彩られた絢爛たる姿。あんぐりと口をあけてしばらく見上げていると、二条城に着いた頃から降り始めた雨が激しくなってきたので、二の丸御殿へ。そこでまた圧倒されてしまいました。まばゆいばかりの金碧障壁画に多彩かつ精緻な欄間彫刻や飾り金具。折上格天井、二重折上格天井で天井まで重厚に格調高く造られ、壮麗にして絢爛豪華、まさに国の宝にとどまらない世界の宝ですね。
二の丸御殿を出た後は、二の丸庭園を抜けて本丸に向かいます。小堀遠州の改修による二の丸庭園は、降り続く雨の中、静かに佇んでいました。
(続きます)
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2019/03/26 18:25
熊の彫刻がお出迎え (2019/03/12 訪問)
熊が歓迎
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2019/03/26 17:57
世界に1660枚だけ!!
みなさんご存知かと思いますが尼崎城が築城400年になることを知っていますか?それを記念に「尼崎城築城400年記念」のフレーム切手が、2019年3月22日、0:15分から1660枚限定で発売されました。!!値段は、1300円+送料(1シート)郵便局のホームページに、売られています。ちなみにぼくも0:45分に起きて、買うことができました。
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2019/03/26 17:25
素晴らしい土の城 (2019/03/01 訪問)
茨城県北部方面太田城、額田城以外は登城無く佐竹氏に絡んだ城を探訪と那珂西城、山方城、瓜連城、南酒出城、石神城、北へ飛んで助川海防城を廻り、額田城と双璧を成すと思われる石神城を城びと常連のモトさんdougenさんtodo94さんの素晴らしい口コミと写真投稿は御座いますが感じた所の写真を投稿させて頂きます。
今回佐竹氏に絡んだ城跡を探訪して秋田に移封され築城した近世城郭最大傑作土の城「久保田城」の壮大な土塁、切岸、堀、曲輪群はさも在りなんと納得然り。ワクワク感動しながら茨城北部巡りでした。
足元の悪い処は皮の長靴安全靴を城郭放浪記さんのサイト口コミで情報を得まして数年前から購入し使用して重宝して居ります、勿論登山用厚手ソックスを二重履きズボンのすそをソックスの中に入れダニ対応も教わりました。
駐車場はコミュニティセンターと二の丸入口付近に在り大変便利です。
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2019/03/26 07:34
眺めが好き (2019/03/16 訪問)
網代は熱海から伊豆急行線方面に入ったところですが、伊東まではJR区間で「18きっぷ」で行けるということを確認し(←ここ大事)、行ってみました。
「石積みが残る」という城びと情報に縋っての探索です。目指す教安寺は石段を上がった高台で海を望み、眼下には尾道を彷彿とさせる素敵な風景が広がっていました。
で、石積みですが、教安寺は石づくしのお寺なのですが、あの石もこの石もその石も…お城時代のものではありません。石垣ではなくて石積みと記載されていたので覚悟はしていましたが…。墓地の奥か山の中だな、きっと。帰りの電車の都合でここでゲームオーバーにしました。
それでも階段の途中に城址碑があったので満足です。碑には【菊池武敏ノ一族聞間七郎大夫實次ノ築城 天正十七年三月里見義頼來攻ノ事關八州古戰録ニ載ス】とありました。
里見義頼は天正15年に没していることになっているのですが…。
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2019/03/26 00:13
従四位 (2014/12/29 訪問)
秀吉による水攻めが有名な備中高松城。城の周囲は湿地になっており、水攻めの堤跡も少し離れていますが残っていたり、清水宗治公等の首塚等があるので散策には事欠きませんでした。
城兵の命と引き換えに自害した城主・清水宗治公の忠義ぶりに心が揺さぶられますが、首塚にあった『従四位』の文字を見て、少し思うところがありました。
従四位は宗治公の功績を称え、大正13年に贈られたそうですが、宗治公が自害した一日前、越中・魚津城で織田信長の軍勢に攻められた上杉家の吉江景資公らが自害したと伝えられています。景資公らにはもちろん従四位なんて官位は贈られていません。同じく主家の為に命をかけたのに・・・すいません、完全に個人的な愚痴です。
羽柴秀吉が本陣を構えた石井山まで足を伸ばすと、水攻めのイメージがつきやすいかもしれません。ドラマ等でよく見る、城から小舟で出て水上で舞ってから自刃する宗治公の姿が見えるような気がします。
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2019/03/25 22:47
2019/03/25 22:11
平成最後の外観復元天守閣、小天守、続櫓 (2019/01/20 訪問)
復元天守が竣工公開される事を心待ちにしていた処、昨年末頃城びとの投稿欄に「勝野武士さん」「織田晃司さん」の投稿写真に復元された天守群が公開され早く見学したく関西で有る同窓会開始前に1番の新幹線に乗って1月20日午前中生憎の雨の中市立図書館の2階エントランスで雨がしのげる処を選んで写真撮影しました、雨空で撮影条件は良くありませんが投稿させて頂きます。
今月末29日から一般公開のようですが桜と城と青空の大変良い城撮影日和に成って来ます、早速出掛けたい所ですが5月中頃に周辺城郭含めて登城計画中。
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2019/03/25 20:43
阿武隈川沿いに (2016/05/14 訪問)
JR福島駅から徒歩約15分くらい、阿武隈川沿いにある福島県庁が福島城跡になります。
上杉家が支配していた頃には水原親憲や本城繁長という曲者ではあるものの名将が詰めいてたという重要拠点になります。
対伊達と言う事で、それだけの武将が睨みをきかせる必要があったんですね。
県庁から延びる道には大手門跡碑が立ち、県庁入口には大きな解説と石碑があります。
遺構は開発によってほぼ消失してしまってます(県庁が建つくらいですからね(汗))が、県庁の脇にある紅葉山公園一帯が二ノ丸御外庭として再建されており、そこには出土された宝塔も置かれてます。
江戸時代初期には福島は幕府直轄地でしたが、後に初代福島藩主として本多氏が、その後堀田氏、板倉氏と徳川譜代が入れ替わり藩主になり、そのまま廃藩置県を迎えます。
最後の藩主・板倉氏を祀って福島城跡には板倉神社が建てられておりますが、そこからの阿武隈川の絶景は見逃せません。
ちなみにここから福島駅に向かう途中にある到岸寺には、福島城縁の史跡が数残されておりました。
福島は山形方面と宮城方面へ向かう際の拠点となる場所なので、行軍のついでにでも立ち寄られると良いでしょう。
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2019/03/25 19:08
やはり城攻めは寒い時期。 (2019/03/23 訪問)
二回目の「金山城」攻めです。
一回目はスタンプ帳、忘れました。
おまけに暑い時期でした。虫がまとわりついてきて、「うわー」なんて感動していたら口ん中に入る勢いでした。
「金山城」新田氏の一族、岩松 家純公が築城しました。
前回は新田神社を目指して虫を払いつつ汗だくで階段を上がって行った事しか記憶にありません。
今回は石垣、穴が開くほど見て回りました。前回は気が付きませんでしたが、堀切なども あったんですね。
石組みの日の池、月の池の精巧な作りが感動です。
プロが選ぶお城、「金山城」は何位だったのでしょうか?
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