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じゅんじん

観光地油壺 (2016/02/28 訪問)

散歩道をぶらり海を見ながら
油壺のゆらいがむごすぎて・・・

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じゅんじん

リスがいた (2016/02/28 訪問)

お寺の奥に城跡がありリスが走り回っていました

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じゅんじん

摸擬だけどかっちょいい (2018/02/17 訪問)

暴風の中でしたが立派な天守に会えました

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じゅんじん

眺めがよかった (2018/02/17 訪問)

入口に石垣があります。上がっていくと本丸前の堀と土橋。展望台からの景色がよかった。

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todo94

マンション (2013/12/14 訪問)

「こんな城もあったんだ」に載っていた開田城は城跡にマンションが建っているが、土塁の遺構展示がなされている。マンションのエントランスに模型もおいてあったが流石にずかずかと入り込むことはためらわれたので屋外からこっそり撮影させて戴くにとどめた。

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赤い城

武蔵から下総への水運の要衝 (2018/03/10 訪問)

遺構はありません。
清光寺から香取神社のあたりにあったらしいです。
最寄りは東西線の葛西駅。
徒歩で20分くらい。

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todo94

天王山 (2013/12/14 訪問)

山崎城は別名・天王山城、宝寺城とも云う。宝寺とは山裾に位置する寶積寺の別名で、重文の三重塔の存在により過去二度ほど訪れているが、山崎城にアタックするのは今回が初めてである。山頂までの途中に十七烈士の墓があるが、これは禁門の変の折、この地にて自刃して果てた真木和泉以下十七士の墓である。更に重文の酒解神社神輿庫も拝めるなど歴史を感じる事が出来る。天王山山頂が山崎城の主郭、それもおそらく天守台となっているようだが、目を奪われる程見事な土塁などの遺構は見当たらない。秀吉の道と云う絵図と解説が何箇所もあったが、山崎の合戦はあっけなく明智光秀が敗れてしまったという従前の解釈であった。センゴク一統記が描く山崎の合戦は新鮮である。

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todo94

青春18きっぷで (2013/12/30 訪問)

本丸部分の工事はまだ続いていたが本丸一文字門の高麗門はもう姿を現わしていた。土塀の工事は2014年3月24日までの工期のようである。騎馬像として高い人気を誇る最上義光像もリフレッシュしていた。

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todo94

ミニ万里の長城 (2014/01/04 訪問)

今回が4回目の訪城というお気に入りの城。漸く復元工事は一段落したようだ。石垣に登るなとの表示があったが、木の梯子が立てかけてあったので、いけないと思いつつ登ってしまった。蛇のようにうねる城壁の連なりは圧巻である。

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todo94

10年ぶり (2014/01/04 訪問)

玉城は2003年年末以来だから、かれこれ10年ぶりの訪城と云うことになるだろうか。見違えるほどきれいに整備されていて、天然の岩穴のような城門から立派な石垣が復元されていた。

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山城を堪能できます (2015/12/29 訪問)

 徳運寺のお墓の裏から尾根を登場しました。平坦地がしばらく行くと表れてテンションも上がってきます。竪堀も所々に見られました。主郭まで行き石垣などを確認して秋葉神社方面へ向かう。朝降ったらしい雪が残っているため歩行には注意が必要でした。新しい獣の足跡などを見つけ、小心者でもありビビる。足跡から熊ではないと思いましたが、念のため急いで熊ベルを装着しました。後で聞いた話では鹿が出没するらしい。秋葉神社の裏まで歩いて竪堀を確認しました。石垣は一部だが曲輪の構成、縄張りは確認でき、竪堀、堀切もよく残っています。下山するときにどこかで道を間違え、東の方へ迷い込んで降りてしまった。

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ここも竪堀賛歌 (2015/12/30 訪問)

 ここの竪堀を見るのが、楽しみでした。
登城道を進み始めると、最初の竪堀が確認できました。途中、いくつかの郭らしき平坦地と堀切などを確認しました。主郭近辺には石垣もよく残っていて見ごたえがあります。主郭の裏等周囲にある竪堀は見事なものであり、来たかいがあったというものです。写真では雪とカメラの腕の悪さで迫力が表現できないのが残念。

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歩きやすい、いい城址 (2017/11/17 訪問)

坂北駅より登城しました。青柳城址公園となっていて車でも櫓門近くまで行けます。公園となっていて歩きやすい。予想したよりもコンパクトな城域でした。竪堀が明瞭に残っているところもあり楽しめる城址です。

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オダリン

県内では最大規模の戦国期山城 (2014/07/30 訪問)

疲れた体に鞭打って山を登った。

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オダリン

閑静な高校が跡地(夏休み中だった) (2014/07/29 訪問)

長く続く土塁が往時をしのばせる。超有名な山居倉庫が近くにある。そこで食べたアイスクリームが美味しかったことが印象に残った。

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赤い城

長屋門が移築され残っています (2017/03/27 訪問)

屋敷跡はありませんが花田苑に長屋門が移築されてます。花田苑の入場料は100円。

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todo94

県史跡 (2014/01/04 訪問)

佐敷城に比べると垣花城の方が石垣遺構などかなりの規模で残っているのだが、こちらは県の史跡にととどまっている。琉球王朝の歴史の上で重きを成している城ではないということなのかも知れないが、城めぐりをしていて楽しいのはやはり遺構がしっかりと残っている城である。

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todo94

尚氏 (2014/01/04 訪問)

国の史跡に登録されたばかりの時期に訪城。熊本の佐敷城も国史跡で立派な石垣が残っているが、こちらの佐敷城にはめぼしい遺構は殆どない。沖縄のグスクに普通に見られる石垣もない。三山を統一した尚巴志、その父・尚思紹の居城であったという歴史の地であることに依る史跡指定なのだろう。

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todo94

国史跡 (2014/01/03 訪問)

オヤケアカハチが首里王府への反乱に立ち上がったときに拠った城である。10号石塁や15号石塁は以前よりきれいに復元整備されていた。この遺跡の存在によって旧空港の滑走路延長を阻まれ、新空港を作らざるを得なかったのである。

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todo94

菊池武光 (2014/01/11 訪問)

南北朝時代、南朝方の九州に於ける拠点である。ふるさと創生で全国の自治体にばらまかれた1億円を使って作られた菊池武光の騎馬像は迫力満点である。菊池本城は菊池神社となっているが、こちらは後世に整えられた隈府城の跡だという。菊池本城の主郭部分は道路を挟んだ城山荘側になるようなので今回初めて脚を伸ばしてみた。こちら側の方が菊池神社に比べて城の郭らしき佇まいがある。城山の最高所に向かう途中に徳冨蘆花文学碑と徳富愛子髪塚があった。徳冨蘆花の妻愛子は菊池の出身なのだそうである。

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