草津八幡宮の向かいの山になります。城趾碑がありました。
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2025/12/31 17:50
2024/01/22 20:04
広島湾防御戦線の一角 (2024/01/01 訪問)
今では陸続きになっていますが草津城はかつては広島湾に突き出した丘陵上に築かれていたようです。南の小高い部分が主郭のようで北側に城域が広がり周囲に腰郭が配されています。厳島神社の神領衆である羽仁氏の居城とされ南北朝時代に築かれたのではないかとされています。康正2年(1456)安芸守護代武田信賢に攻められ落城し、翌年の長禄元年(1457)には周防大内氏に攻められ落城。天文22年(1553)には毛利氏に攻められ一日で落城したようです。よく落城する城ですが二度目の落城から100年近い年月が過ぎているので、その間は良く持ったというべきでしょうか。立地的に重要な位置にあり毛利氏の攻略後は陶晴賢を迎撃するための広島湾の水軍の拠点の一つとなったようです。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 羽仁氏 |
| 築城年 | 南北朝時代? |
| 主な城主 | 羽仁氏、武田氏、陶氏(大内氏家臣)、児玉氏(毛利氏家臣) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、堀切 |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 広島県広島市西区草津町、田方町 |
| 問い合わせ先 | 広島県教育委員会文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 082-513-5021 |