草津駅から徒歩10分弱で、登り口(34.381825、132.399713)に着きました。
築城年代は定かではありませんが、厳島神社神主家(藤原氏)配下の神領衆・羽仁氏によって築かれた城です。
戦国時代には、1456年(康正2年)武田信賢によって攻められ落城、1457年(長録元年)大内氏に攻められ落城、1553年(天文22年)毛利元就に攻められ落城しています。
草津城に手中に納めた元就は川の内警護衆を率いる児玉就方を城主にして桜尾城、仁保城、宮尾城とともに陶晴賢を迎え撃つための前線としました。
しかし関ヶ原の戦いによる毛利氏の防長移封後、福島正則が広島城主となると、正則は草津城下の山陽道に大門をつくり、広島の西の関所とし、草津城を壊したとされています。
階段の登り口に「草津城址登山道」の看板があり、山頂には城跡碑と説明板が建てられています。
現在城址には遺構はありませんが、曲輪の形状を確認することはできます。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=己斐城へ向かう為、草津駅から広島電鉄宮島線を利用して広電西広島駅に向かいました。
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