真鍋城(大津城)の城館は鎌倉初期からあったようですが、備中国・真鍋島出身とされる真鍋氏が、和泉国・淡輪を経て南北朝期に真鍋城に入り、その後、天正年間に廃城になるまで城主を務めています。廃城になった後、跡地には長泉寺が建立され、南溟寺に改称されて現在に至ります。
遺構は何もなく、南溟寺の本堂の前に小さな城址碑があるだけですが、真宗系の寺院らしく隅櫓風の立派な太鼓楼が建っていて、ちょっとだけお城気分を味わえます。また、南溟寺は伯太藩主・渡辺氏の菩提寺になっており、境内の南東部に墓所がある……はずなんですが、入り口を見つけられず未確認です。
アクセスは、南海本線・泉大津駅から徒歩約7分、車なら南溟寺の南側に参拝者用駐車場があります。
ところで、天正4年(1576年)に真鍋七五三兵衛(貞友)は、綾井城の沼間氏らと共に水軍を率いて織田信長に従い、第一次木津川口の戦いで村上水軍を含む毛利方と戦って敗死していますが、その辺の話は「村上海賊の娘」に描かれているようですし、真鍋七五三兵衛はもう一人の主人公とも言われるほどの活躍ぶりらしいので、買ったまま積ん読状態でしたが、近いうちに読んでみたいと思っています。
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