西明寺には重文の三重塔があるので既に2回ほど訪れたことがあるが、高館城の別名がある城の方は初めて。駐車場からあっさりと主郭にたどり着ける。此処と西明寺は関東ふれあいの道でつながっているので西明寺にも足を伸ばしてみた。銅板葺きの三重塔の屋根には錆が浮いていて、決して良い見栄えではない。
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2018/04/17 05:52
重文木造塔 (2011/06/12 訪問)
西明寺には重文の三重塔があるので既に2回ほど訪れたことがあるが、高館城の別名がある城の方は初めて。駐車場からあっさりと主郭にたどり着ける。此処と西明寺は関東ふれあいの道でつながっているので西明寺にも足を伸ばしてみた。銅板葺きの三重塔の屋根には錆が浮いていて、決して良い見栄えではない。
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2018/04/17 05:26
震災の爪痕 (2011/06/12 訪問)
城山公園となっていて本丸のすぐ下まで車で乗り付けることができる。大田原城ほどではないが、此処も震災の被害があってロープが張ってあった。土塁で囲まれた本丸が公園として整備されているが、二の丸、三の丸は手つかずで残っているようである。麓にあるという陣屋の石碑は残念ながら見つけることができなかった。
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2018/04/17 05:14
国史跡 (2011/06/12 訪問)
国の史跡に指定されており、今回のドライブ最大の目的地だ。那須与一の生まれた城と伝わる。西側の土塁が削平を受けてしまっているが、土塁に囲まれた水田というのは新鮮だった。
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2018/04/16 23:53
2018/04/16 23:51
2018/04/16 23:49
2018/04/16 23:43
2018/04/16 23:37
2018/04/16 20:55
CMに登場 (2011/06/12 訪問)
本丸を囲む空堀はかなりの規模。虎口を抜けた本丸は大田原城のように土塁で囲まれている。沼田城を連想させる模擬の物見櫓はご愛敬だ。また、黒羽は松尾芭蕉が奥の細道の道中で最長の14日間、逗留した場所とのことで三の丸に「芭蕉の館」が建てられているが、ここも震災の被害で当分の間、休館が続くという。松尾芭蕉と曽良の銅像の写真は撮っておいた。馬に乗っている芭蕉像は初めて見る。
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2018/04/16 20:47
大震災の爪痕 (2011/06/12 訪問)
さほど期待をしていなかった大田原城だが、坂下門跡の土塁や本丸を囲む土塁など中々見応えがある。しかし、何より目を惹いたのは東日本大震災の爪痕。本丸に登っていくコンクリートの階段はがたがただし、野外ステージや四阿は崩壊してしまっている。花見の名所のようだが、来春までの復旧は難しいのではないか。
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2018/04/16 20:41
旧網走刑務所正門 (2011/08/01 訪問)
釧網本線の始発列車にて目指すは、国史跡の桂ヶ岡チャシ。あっさりと見つけることができた。小径のような窪みとなっている空堀を確認する。時間にかなりゆとりがあったので近くの旧網走刑務所正門にも足を伸ばしてみた。木造の門で永専寺の山門となっている。
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2018/04/16 20:37
2度目のスタンプラリー (2011/07/31 訪問)
2007年に根室半島チャシ跡群を回ったときは端から一つも落とさず、史跡を示す標柱を視認していったのだが、最後の24個目のアフラモイチャシだけはタイムオーバーで諦めていた。今回、最大の目標はそのアフラモイチャシの標柱視認である。納沙布岬からアフラモイチャシのある落石岬へと直行する。一度は来たことがあるので難なく車の進入を拒むゲートまでは辿り着くことができた。チャシは西側の海岸にあると言うことでおよその見当を付けて遊歩道を進んでいく。1km以上歩いたところで草の多い分かれ道を発見。直進すれば灯台との表示があったが、迷わずかすかな轍の残る道を進んでいった。崖っぷちまでまだかなりあるところでそのかすかな轍もわかりにくくなる。諦めかけて周囲を見回したところで北側の崖っぷちに標柱を発見した。クマザサを踏み分け、靴をびしょ濡れにしてしまいつつも何とか標柱に辿り着くことができた。この標柱の少し先には堀切も見つけることができた。
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2018/04/16 12:53
城址 (2018/04/14 訪問)
天然記念物の石割桜が周辺にあり、桜山神社の烏帽子岩は必見ですよ
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2018/04/16 06:44
国史跡 (2011/07/29 訪問)
日高をターゲットにしたのは国史跡のシベチャリチャシとシャクシャイン像をチェックするため。まずは、シャクシャイン記念館から。民俗学的展示が中心でシャクシャインに関する内容はごくわずか。アイヌ民俗資料館はそれに自然が加わった感じ。しかし、シベチャリ川流域チャシ跡群の展示があったので早速、チェックすることにした。まずは至近のホイナシリチャシから。静内灯台の先の遊歩道を下っていくと空堀、土塁らしき遺構が確認できる。土の城としての趣はシベチャリチャシより上かも知れない。それからうろ覚えで上流に向かい、見事にオチリシチャシに辿り着くことができたが、ここは遺構を確認することができなかった。最後に近くの北方開拓碑を狙ったが、何とそこはシベチャリ川流域チャシ跡群の一つ、メナチャシであった。空堀や土塁、郭がはっきりとわかる。
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2018/04/16 06:38
国史跡 (2011/08/13 訪問)
国史跡の城であるのだが、石動山全体が史跡指定されている。資料館を見学して石動山のパンフレットをいただき、大宮坊から順次、石動山めぐりをしていく。石動山城は目を瞠るような遺構は見当たらないのだが、上杉謙信が七尾城攻略に当たって直江景綱を籠めた城。この時築かれたという伝承もあるが、天平寺伽藍の防衛のため、石動山衆徒が築いた城とするのが妥当なようである。この城よりはるかに高い石動山頂上の大御前まで足を伸ばすことができて満足できた。
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2018/04/16 06:34
2度目のスタンプラリー (2011/08/13 訪問)
調度丸からの石垣や、本丸の石垣、そして二の丸、三の丸、安寧寺跡、寺屋敷としっかりと七尾城を堪能してから、今回が初めてとなる城山展望台へも足を伸ばしてみた。七尾城の本丸からこの展望台は良く見えていたので当然なのであるが、展望台からは、見事に七尾城の本丸と石垣の段を望むことができた。
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2018/04/16 01:02
歴史的意義 (2018/02/11 訪問)
何もないと言ってもいいくらい遺構は無いが、本能寺の変で信長が死んだ知らせを聞いた秀吉軍が光秀を討つために京都へ引き返した
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2018/04/16 00:55
奥ゆかし (2018/02/11 訪問)
こじんまりとして決して派手さはないですが現存で歴史を感じ、風雪を耐え抜いた力強さがあります
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2018/04/16 00:50
鉄砲の戦い (2018/04/14 訪問)
資料館は鉄砲の展示が豊富で圧巻の展示でした
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