田峯城は愛知県設楽町大字田峯字城の山里の中にあります。
書院作りの、御殿が復元されています。
実は、発掘調査の結果、この場所からは遺構が出なかったそうです。
したがって、この建物は史実に基づいていませんが、逆にそのために観光客におおらかに開放しています。
長篠の合戦で武田勝頼がやぶれると、城主の菅沼定忠は勝頼とともに田峯城へ退却しました。
ところが、留守をあずかる叔父の定直や家老の今泉道善の謀反にあって入城できず、武節城まで道なき山中を退却したそうです。
後年、定忠はこの城を襲撃し、謀反人をことごとく処刑しました。
特に首謀者の今泉道善は生きたままのこぎりで首を落とすという残虐刑に処したそうです。
処刑後に首をさらしたといわれる地や道善の首塚も近くにあります。
田峯城への経路はわかりにくいです。
国道257号線の「田峯」交差点で曲がって田峯観音の表示にしたがって行き、田峯観音に駐車・参拝し徒歩でゆっくり山里の歴史散策をされてみてはいかがでしょうか。
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