永正3年(1506)夏に越前朝倉貞景との戦いに敗れた一向一揆側の和田坊超勝寺が築城したと伝わっています。天正8年(1580)織田の加賀一向一揆攻めの際には柴田勝家の家臣安井左近が居城にしていました。古墳を利用した城で、曲輪や空堀等が遺っています。空堀は期待した以上の迫力があり、城域は概ね整備されていて楽しく散策できました。
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2026/10/15 22:46
2026/10/15 22:38
手取川古戦場 (2026/10/15 訪問)
天正5年(1577)上杉謙信が柴田勝家率いる織田軍を撃破した戦いと知られる手取川の戦い。その古戦場跡へ行って来ました。古戦場跡なので何か遺構があるということではありませんが、何となく気になっていた場所です。「上杉に遭うては織田も名取川はねる謙信逃ぐるとぶ長」の碑等がありました。
和田山城とは関係がないと思いますが、近くにあるので周辺観光で投稿しました。
手取川は日本三名山のひとつ白山を源とし日本海へ注ぎ込んでいる石川県最大の一級河川です。この地域はユネスコ世界ジオパークに認定されています。
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2024/04/28 20:02
古墳利用の素晴しい山城・古墳編 (2024/04/19 訪問)
和田山城は比高20m程で和田山・末寺山史跡公園の中に山城エリアと古墳エリアが有り古墳は山城エリアに本丸に9号墳、二の丸に8号墳、登って忠魂碑の横から西へ古墳が1号墳、2号墳と10基超繋がている、少し離れた(100m程)丘陵に和田山5号墳の前方後円墳があり、此処までが和田山古墳群、和田山5号墳から北に約300m程の所に末寺山古墳群が有りここには珍しい前方後方墳が2基と全部で10基ほど有ります、末寺山古墳群より西へ約800m程の所にも秋常山古墳群が有り、此処には全長約140mの前方後円墳があり越の王族の古墳かも?と能美古墳群として数十基の古墳が存在しています、手取川の流域と日本海交流などで大きな勢力が有ったのでしょう。
能美古墳群の解説板が大型で登城口から上がったエリアの東方向を望む所に掲示してあります、しばし勉強させて頂きました。
ここは和田山城、和田山古墳群、能美ふるさとミュージアム、古墳を模したふるさと歴史の広場と文教面の整備保全が良く施されています、ありがたい事です。
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| 分類・構造 | 丘城 |
|---|---|
| 築城主 | 和田坊超勝寺 |
| 築城年 | 永正3年(1506) |
| 主な城主 | 和田坊超勝寺(一向一揆勢)、安井家清(柴田氏家臣) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 国史跡(和田山・末寺山古墳群) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 石川県能美市和田町 |
| 問い合わせ先 | 能美市生涯学習課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0761-58-2272 |